廃墟からの挑戦状 肆



日は未だ高い。
旧市街地にて、比較的形の残っている建物の陰に潜むよう六人は歩を進める。もっとも、六人と呼ぶには前後三人ずつの距離は大きく開いているのだけれど。まともに互いの会話も聞き取れない様な間隔が空けられていることには意味がある。

先頭に狛治、次に幸太郎と続く道なり、彼のすぐ隣を進む獪岳はちらと背後を振り返った。するとすぐさま、十分な距離を取った後続三人の歩みが止まる。主に女性二人を背に庇う様に立ち塞がっている妓夫太郎が原因だった。
獪岳が視線を投げる度に、彼は険しい顔でライフルを手にした威嚇を欠かさない。

「・・・何なんだ、あいつは」
「はい?」

苛立ちに舌打ちをする獪岳の声に幸太郎は背後を振り返り、ああと納得したかの様に苦笑を浮かべる。
わかってはいた事であったが、距離を置いてもこれなのだ。近くにいれば衝突は避けられないだろう。

「打ち解けるまでに、少し時間がかかるんです。ですが、信頼出来る良い方ですよ」
「とてもそうは見えねぇがな・・・背中からズドン、なんてことにならなきゃ良いが」
「妓夫太郎殿はそんなことはしませんよ、大丈夫です」
「・・・どうだか」

不穏分子からと梅を守ろうと、妓夫太郎は躍起になっている。獪岳がそれを流せる性格であれば良かったのだが、警戒に対する憤りを露わにするものだから火に油状態だ。

妓夫太郎は元々特定の相手以外に対して心を開き辛い性格をしているが、決して誰にでも最初から喧嘩腰な訳ではない。転入生という特殊な立ち位置も嫌な方向に作用してのことだったが、外から入るにしては不遜な獪岳の態度もまた良くは無かった。

結論として、今日この場での集団行動に関して言えば、二人は非常に相性が悪い。

「俺たちのやり方や関係性に文句を言わない。それが同行条件だった筈だ」

妓夫太郎に対する不満と不信を露わにする獪岳を振り返り、狛治が淡々とそう告げた。
プレイヤーが残り少なくなった今になり、この集団に入れて欲しいと言ってきたのは獪岳の方なのだ。
当然妓夫太郎は猛反発したが、性格上放り出すことの出来ないや幸太郎の戸惑いもあり、この条件を守れるのならと狛治が間を取り持った。
信頼関係や役割分担が出来上がっている集団に入るからには、異を唱えないことは絶対条件であり、徒に調和を乱すなど言語道断である。
狛治は獪岳に対し決して厳し過ぎることは無かったが、同時に勝手を許すことも無かった。

「和を乱したいだけなら、出て行って貰うぞ」
「・・・わかってる」
「なら良い。先へ進もう」

引きずることの無い狛治の返答に獪岳が眉を顰め、幸太郎がどうしたものかと気を揉んだその時。全員の端末が同時に小さな音を立て、主催側からの通知を知らせた。誰もがドキリとしつつ各々の、または傍にいる仲間の画面を覗き込む。

「・・・ブレイクタイム?」

梅の声は良く通った。文字通り、休息の時である。

狛治と幸太郎は顔を見合わせ、後続の三人のもとへと引き返した。勿論獪岳には先を行かせず、二人して壁になることを忘れない。
と梅はどちらも妓夫太郎の端末画面を覗き込み、三人で頭を寄せあう様にして佇んでいた。

「今から三十分の間、狩人は襲ってこないって書いてあるね・・・」
「罠ってことは無ぇのかぁ?」
「流石にそんな酷いことはしないと思いたいけど・・・」

あくまで気を抜こうとしない妓夫太郎に対し、が苦笑を浮かべた。これは公式からの発信である。騙し討ちであったなら顰蹙を買うどころの話では無いだろう。
けれどそれだけ気を張って守られていることがわからないではなく、感謝の気持ちと共に大丈夫だと軽く彼の手に触れた。
それに対し妓夫太郎が緩く肩の力を抜くと同時に、会話を聞きつけた獪岳が鼻で笑う。
まずい、と幸太郎は内心で冷や汗をかいた。

「馬鹿か。主催側だって学生を預かってるんだ、この炎天下の中休憩も無しに無理させる訳無ぇだろうが。疑ってかかるのも結構だが、少しは考えて物を言え」
「おい、よせ」

それは、明確に悪意を滲ませた言葉だった。
狛治が咄嗟に制そうとしたが、既に遅い。

「・・・随分と、肩を持つじゃねぇか」
「妓夫太郎くん・・・」

追い縋るをやんわりと押し留め、しかし再度振り返った妓夫太郎の眼光は酷く冷え切ったものだった。
お互いに敵意を隠さない睨み合いは、その場の空気を重苦しいものへと変える。

「っは。襲って来ねぇだけで、プレイヤーの皮を被った“鬼”が紛れ込んでたりしてなぁ」
「何だと?」
「こっち側が急激に減ってる今、面識も無く突然現れて仲間に入れろだぁ?本気で怪しまれねぇとでも思ったか?」

妓夫太郎の言葉に、瞬間獪岳の表情が強張った。
研ぎ澄まされた警戒心は些細な異変も見逃すことは無く、更に厳しい視線は彼を追及し続ける。

「何人逃げ切ろうが賞金総額は変わらねぇんだ・・・人数は少ないに越したことは無ぇ、そう考える奴が出て来たってよぉ、まるで不思議な話じゃねぇよなぁ」
「・・・」
「なぁ。そのサイレンサー付きの銃でよぉ、何人蹴落としたんだぁ?」

その銃は腰元のホルスターではなく、常に獪岳の手の中に納まっている。先の長い形状はどう見ても、発砲音を抑えての狙撃に特化したそれだった。
苛立ちに険しくなる獪岳の瞳を見据え、妓夫太郎は当初よりの疑念を強めていく。

この男はプレイヤーでありながら、自身の取り分のために同じプレイヤーを狩っているのではないか、と。

憶測と言われればそこまでだが、このタイミングで現れた獪岳はあまりに敵意が滲み出過ぎていて到底信頼など出来る筈も無い。
何よりこの胸騒ぎが告げる、決してを近付かせてはならない、と。

「今牢にぶちこまれてる連中の内、てめぇが誰一人鬼に売って無ぇ証拠を出さねぇ限り、俺はお前を信用しねぇからなぁ」
「・・・そこまで疑り深いとは、病気だな。一体どんな酷ぇ環境で育ったらそこまで人間性が捻じ曲がるんだ?」

空気そのものが淀むような濁った雰囲気の中、蔑むような言われ様は遠い昔を思い起こすような苦さを伴っていて。
眉間の皺を深め、上等だと更に一歩詰め寄ろうとした妓夫太郎の前に、華奢な身体が滑り込んだ。

は妓夫太郎を背に両手を広げ、獪岳と向き合っていた。これには誰もが目を見張ったが、その表情は真剣そのものだ。
彼女は今、憤っていた。

「・・・その言い方は、やめて欲しいな」

彼女の理性と生来の性格が、言葉の棘を最小限にまで削ぎ落す。しかしその黒い瞳は、はっきりとした非難を色濃く主張していた。
これは競う者同士の気迫のぶつかり合いではなく、単純な負の感情の応酬だ。どちらか一方に寄り添うことは難しい。
しかし、それが例え売り言葉に買い言葉であったとしても、話の論点とずれた部分で大切な存在を害そうという悪意は、捨て置くことは出来ない。
はそれ以上言葉にはしなかったが、明確な意思をもって獪岳の暴言を止めた。
もっとも、彼女はこの引き金が妓夫太郎の疑念であったことも忘れてはいない。その場で振り返り彼を見上げる瞳は、強い非難の色は収まれど穏やかなものではなかった。

「妓夫太郎くんも。稲玉くんが何もしてない証拠の話は、どっちの証明も難しいことだよね?」
「・・・まだ、わからねぇがな」
「わからないんだよね?何かするかもしれないけど、何もしないかもしれない」

細く小さな手が、ライフルを離さない妓夫太郎の手に重なる。
そっと引き離す様にその銃を貰い受けて彼を見上げる表情は、普段通りの柔らかな笑みだった。

「三十分。喧嘩じゃなくて、皆で休憩しよう」

らしくもない怒の感情を滲ませた背に庇われたことで、胸の中を?き乱されたかと思えば。
今度はいつも通りの堪らなく好きな笑顔で、優しく銃を奪い取られてしまう。
全神経を尖らせるような憤りも、研ぎ澄まされた警戒心も、にかかればすべて翻弄されて丸くなる。
ささくれだった棘が溶かされていく様な感覚に、妓夫太郎は思わず苦笑を浮かべた。

「・・・ったく、お前って奴は・・・」

これだから敵わないのだ、と。
敵意と警戒を怠らなかった獪岳を前にして尚、今彼女の頭を撫でずにはいられない。
は理解を得られた安堵に、小さく声を上げて笑った。

「・・・」

言葉よりよほど効く目力で非難され、しかし彼女は背を向けた途端に穏やかな雰囲気を醸し出す。
華奢な後ろ姿を、獪岳は苦い思いで見つめていた。



* * *



「お前、立花のファンか?」
「はぁ?」

咄嗟に動揺する己を律し、獪岳は声の主を厳しく睨み付けた。
距離を隔て、緊張感から一時解かれたと梅の笑い声が響く。
当然彼らの近くでなど寛げる筈も無い獪岳に近付いてきた狛治は、何の前触れも無くそう告げた。
当人達には聞こえていないだろうなと険しい顔で確認をしてしまうことすら、酷く苛立たしい。

「何をどう見たらそんな馬鹿げた妄想に繋がるんだ?誰があんな女・・・」
「いや、うちの学内ならそう珍しい話でもないんだが」

青筋を立てて必死に否定すればするほど、淡々とした狛治の返答に首が締まる思いがして、獪岳は内心で舌打ちをする。
この春歴代初の天神杯三冠を制したは、もはや学内外を問わず書道の世界の有名人だ。
狛治の言う通り彼女のファンは多いし、特に学内であれば決して珍しい話でも無い。

「立花に正面から妓夫太郎を庇われた時の、お前の反応が気になってな」

揶揄うでもなく欠片ほどの悪意も無い、ただ見たままの事実を告げる声が余計に獪岳の心臓に負担を強いた。
のファンは確かに多い。しかし、同時に彼女の隣には必ず妓夫太郎がいることもまた有名な話だ。

「あいつのファンなら、執拗に遠ざけようとする妓夫太郎に対して当たりが強いのも納得がいくかと思った。お前は最近の転入生で知らないかもしれないが、生憎あの二人は・・・」
「おい。勝手に誤解したまま話を続けるんじゃねぇ。俺はあの女に微塵も興味は無ぇし、あの野郎とどんな関係だろうが知ったこっちゃねぇんだ」
「・・・そうか、俺の勘違いだったなら悪かったな」

はっきりとした否定の言葉に、一切食い下がることなく狛治は納得の意を示してその場を後にする。瓦礫が死角になり姿の見えない四人が、彼を迎え入れる声がした。
と幸太郎が自身の様子を問い、狛治が無難な回答をする様が遠巻きながら耳に入ってしまい、獪岳は眉間の皺を深めたのだった。

それが、休息時間中の話である。
一切襲わないという主催側からの宣言通り、端末が再度鳴るまでの三十分間を彼らは各々の体力回復や、声を潜める必要の無い会話でのストレス発散に努めた。
今六人は、休憩時間前とは少し違った編成で先を進んでいる。獪岳に背を狙われるという理由で頑なに先を行かせたがった妓夫太郎をが説得し、二人が先頭を行く。次いで、幸太郎と離れることを嫌がった梅が彼の腕を掴む様にして続く。少しの距離を空けて獪岳、最後尾は狛治が務めていた。

残りのプレイヤー数が激減して状況が読み辛い今、こちらから攻めるにしても慎重に事を運ばなくてはならない。内輪揉めをしている場合ではないと、妓夫太郎も多少は考えを軟化させた様だった。
とはいえお互いに和解する気は毛頭無いため、順序を入れ替えただけで距離を置くことには変わりない。

建物と建物の間を伸びる広くは無い一本道が、段差に阻まれている。中段の崩れ落ちた階段は、それほどの高低差は無いながらも足元に用心をして一息に上がる必要があった。
まず妓夫太郎が一人で難なく上がり、開けた通りに敵影が無いことを確認し、次にを引き上げるべく手を差し出す。ありがとうと小さく礼を述べてその手を取ったはすんなりと昇り切り、梅も後に続き兄の手によって引き上げられた。
幸太郎の順番が回ってきた際、梅が引き上げ役を買って出たため兄妹で居場所を交換したその直後。二人の手は、見事に手汗によって滑り離れてしまった。

「っう、わ・・・!」
「ちょっと、先生?!」

思わず梅が上げた声が響いてしまい、妓夫太郎と狛治が辺りを警戒するものの、すぐさま近付いてくる気配は今の所無い。小さく肩で息をつき、妓夫太郎は何とも言えない顔で階下を見下ろした。
段差自体はそう高低差も無かったため怪我はしていないだろうが、幸太郎が見事に尻餅をついている。が心配そうな顔で兄を見下ろした。

「お兄ちゃん大丈夫?」
「おい、休憩明けた途端これかぁ?」
「め、面目ない・・・」

休憩を取ったとはいえたかだか三十分だ。身体を休めるには不十分であるし、相変わらず日差しは容赦無い上、不穏な状況には変わりない。
元々体力がある方ではない幸太郎にとっては辛いだろう、厳しいことを口にする妓夫太郎もそれは理解出来ていた。
後続の二人も追いつき、無様だと言わんばかりに顔を顰める獪岳の横から、狛治が自然な流れで引き起こそうと手を差し出す。

「大丈夫か、幸太郎」
「ありがとうございます、狛治殿」

幸太郎がその手を有難く借りたことも、勢いをつけて立ち上がった瞬間に僅か足元がふらつくことも、特別おかしな光景では無い筈だった。

「・・・っと、」

幸太郎が背中向きに数歩後退した先に、獪岳がいたこと。
そして獪岳の手に収まっていた銃口が、いつでも発砲出来る用上向きだったこと。
パズルのピースが組み合わさるかのように、条件が揃ってしまった刹那。

僅かな銃声と共に、幸太郎がその場に崩れ落ちた。

その背中には、赤いペイント弾の跡がべったりと貼り付いている。
誰もが突然のことに目を見開いたその直後、けたたましい電子音が路地に響き渡った。

「っ・・・お兄ちゃん・・・!」
「先生・・・!!」

と梅の悲鳴の様な声が響くと同時に、妓夫太郎は瞬時に段差を飛び降り獪岳の胸倉を掴みあげた。そのまま壁へと押し込み、ライフルの銃口を片手で腹へと突き付ける。
獪岳は抵抗しなかったため勢い良く壁に衝突した様であったが、知ったことではないと掴んだ箇所を締め上げた。

「本性現しやがったなぁ・・・?!」
「っ誤射だ・・・!わざとじゃない・・・!」
「それを信じろってかぁ・・・?!」
「よせ、妓夫太郎。今はそんな場合じゃない」

今この瞬間も尚冷静な狛治の制止を受け、妓夫太郎は鋭い舌打ちと共に乱暴に獪岳を解放した。
幸太郎の纏うシャツが、ペイント弾の一撃を受けて電子音を発すると共に不気味に赤く点滅している。外傷は無い様であるが地に四つん這いになっている様は、まるで重い鎧を強引に被せられたかの様である。狩人が急所を撃たれた時に強制停止することと同様に、原理はともかくとしてプレイヤー側にも強制力が働くことの証明だった。

堪らず飛び降りて来た梅が幸太郎に縋りつく。
あの噴水跡地で見た光景が、今幸太郎の身に降りかかっている。
赤い弾痕は違うとわかっていても流血を連想させる様で、余計に梅から冷静さを奪い取った。

「ヤだっ・・・先生!どうしよう・・・!!」
「・・・梅殿、どうか落ち着いて」

撃たれることのペナルティが、この様な理解を超えた重さで地に伏すことでの拘束とは考えもしなかった。
それでも幸太郎は、動揺に揺れる梅の方へと懸命に顔を上げる。

「私の不注意が原因なので申し訳ないですが、すぐに追手が来ます。残る二人は、これまで以上に恐らく強敵です」

けたたましい電子音と赤い光は、すぐにでも狩人をこの暗い路地に呼び寄せるだろう。更に言うならば、残る狩人は短期間で20人を確保した腕を持っている可能性が高い。
ここで足を引っ張るだけで終わりにしたくはない、身体は動かずとも頭は働く。幸太郎は普段と変わらず穏やかに目を細めて笑った。

「私を囮に使ってください。手錠をかけるタイミングでなら、きっと隙も生まれます。それくらいなら、最後に皆さんのお役にも立てるかと」
「何よ、それ・・・」

それは自身の犠牲を前提にした立案だった。
幸太郎の中ではこれ以外に正解は無い様な言い方であったが、到底受け入れられる筈も無い。
あの時しっかりと掴んだ手を離さなければ、こんなことにはならなかった。自責の念で拳を握り締める梅を横目に、狛治が幸太郎の近くへと屈み込む。この立案を言葉通りに受け入れる気が無いのは、彼らも同じことだ。

「弱気になるな幸太郎、手錠がかかる前にケリを着ける」
「どうせ体力足りてねぇんだ、邪魔だから大人しく地面に貼り付いてろよなぁ」
「ふふ・・・頼もしいですね」

あと何秒続くのかは不明だが、幸太郎は今この場で伏せていることしか出来ない。ならば引き付けさせた上で、手錠がかかる前に制圧してしまえば良いだけの話だ。今回ばかりは考えの一致を隠すことの無い妓夫太郎と狛治が目配せをし合って頷き合う。
頼もしいという言葉に嘘は無かった。幸太郎は今尚不安に揺れる梅の手を取り、苦笑を浮かべて潜伏を促す。

「さあ、梅殿。と一緒に隠れて下さい」
「でもっ・・・」

幸太郎は不思議と、段上からこちらを見下ろす妹と通じ合っている様な気がした。
状況的に顔は高く上げられず、視線が合うことは無い。

「・・・すみません、任せます」
「うん・・・」

けれど、大事なことはきっと伝わっている。
心配そうな声色で戻ってきた妹の返答に、幸太郎は緩む口元をそのままに力を抜いた。
重力に従う様に幸太郎が伏せるのと同時にが梅へと手を差し出し、再度段上の開けた通りへと引き上げる。狩人が何処から現れるにしても、狭い路地よりかは一段上の方が逃げ場が広い。
狛治と妓夫太郎はそれぞれ幸太郎を挟む様に左右の暗がりに潜み、獪岳は動揺を残したまま近くの物陰へ潜り込んだ。

酷く耳障りなその電子音と不気味な点滅が続く中、黒いスーツ姿の男は現れた。これまでの狩人とは、確かに体格が違うことは一目でわかる。海外の要人警護が本職と言われても不思議では無いその人物が、幸太郎へと用心深く近付いていく。その様を唇を噛み締めて物陰から見下ろしながら、梅はの手を遠慮がちに掴んだ。

「・・・お姉ちゃん、ごめんなさい」

その言葉の意味を、が理解するより早く。

「っ梅ちゃん・・・!」

梅は迷いなく、階下へと飛んだ。

突如として頭上を覆った影に狩人が飛び退き、空いた空間に彼女は転がる様に着地する。
美しい顔を砂埃塗れにしながらも、一度も発砲したことの無いピストルを手に梅は眼前の狩人を睨み上げた。

「アタシの先生に触ったら、許さないんだから・・・!」

大男を前に臆せず牙を剥く彼女に庇われ、幸太郎が伏せながらも目を見開いた、その刹那。
梅を新たな標的に見据えた狩人の巨体目掛けて、左右から同時に影が飛び出した。
妓夫太郎のハイキックを仰け反ることで避けたところをすかさず狛治が抑え込み、胴を抱える様にして仰向けに転がしてしまう。
成程、確かに容易く動きを封じることは厳しい実力者の様ではあるが、生憎こちら側は一人では無い。確かな手応えに狛治が奥歯を噛み締めた次の瞬間には、妓夫太郎のライフルの銃口が正確に相手のヘッドセットを撃ち抜く。
沈黙した相手を素早く手錠で拘束したその時になり、ようやく電子音が止んだ。
こちらに向かって未だ呆然と銃を構えている梅を見遣り、狛治が小さく頷いて見せる。

「大した度胸だ」

二人してタイミングを計って飛び込む算段でいたが、上からの奇襲は確実な隙を生んだ。これまで戦力としては計算外だった梅の活躍に、心からの賞賛の意を込めて狛治が笑う。

「・・・」

妓夫太郎は砂埃に塗れた妹の頭に手を置き、残った緊張を解くかの様に優しく撫ぜた。突然飛び出して来たことに関しては兄として心臓に悪かったことも事実であるが、今はそれを口にすべきではないだろう。
ゆっくりと呼吸を思い出す様に息を吐き出す様を眺め、段上に屈み込んでいるを見上げる。彼女もまた、何事も無く全員無事で済んだことに心底安堵しきった様に深い息を吐き出していた。

「っ梅殿、お怪我は・・・!」
「掠り傷の内にも入らないわ、馬鹿にしないでよね」

我に返った幸太郎の案じる声を受け、梅が頬に着いた汚れを手の甲で拭うようにして得意げに笑う。

「良かった・・・ですが随分と、無茶をしましたね」
「ふふっ、何それ。先生にだけは言われたくないんだけど」

屈み込んだまま向かい合い、軽口を叩く梅に幸太郎が苦笑する姿は普段通りだ。
今だけは無事を喜び合っても許されるだろう、明るい梅の笑い声に誰もが頬を緩めた。

穏やかに笑い合う二人の両手に枷が嵌められていることに、気付くまでは。

「・・・え?」

それは、誰の声だったのか。
ただはっきりと言えるのは、今幸太郎と梅の二人がそれぞれ確保されてしまったこと。そしてこの場には、つい今しがたまでは無かった新たな影が紛れ込んでいること。
音も無く気配も無く、しかし確実に間合いに入り込まれているにも関わらず、狛治も妓夫太郎も一切探知出来なかった。

背後に、誰かが立っている。
心臓を握られた様な圧迫感を振り払う様に、素早く飛び退き振り返ったその先に。
冴えた月夜を思わせる剣士の面影を捉え、妓夫太郎の鼓動がドクンと嫌な音を立てた。

「―――嘘だろ」

上弦の中でも頂の数字を刻む、鬼の始祖の片腕とも噂された絶対強者。
空気の震える様な気迫に、この炎天下の中寒気すら覚える感覚。
考えもしなかった邂逅に息を呑むことしか出来ない、そんな中。

「・・・っお兄ちゃん!!」

兄と同じく、相手が誰であるかを悟った梅の悲鳴が木霊する。
はっとした様に妓夫太郎は我に返り、上段で呆気に取られているを守らなくてはと目を見開いた、その時。

「逃げて!!」

梅の絶叫と同時に、その場に発煙弾が撃ち込まれた。








狩人:残1名 / プレイヤー:残7名

 Top