廃墟からの挑戦状 弐




ルール説明

プレイヤーはキメツ学園高等部から各学年10名ずつの計30名。
それぞれ支給された白Tシャツに迷彩柄のカーゴパンツ、ヘッドセットを装着した上での参加が必須。
広い廃墟の敷地内ならどこへ逃げても構わないが、時間帯毎の禁止エリアが設定されている。
廃墟に潜む狩人(鬼役)は5人、全員黒スーツにサングラスを装着している。
プレイヤーは狩人から身体の一部でも手錠をかけられた時点で確保・失格となり、廃墟中央の牢屋に入れられる。
禁止エリアに足を踏み込んだ場合も同様に失格判定となり牢屋行となる。一度牢屋に入ると救出・復活制度は無い。
手錠は狩人一人につき二つまで支給されており、プレイヤーを牢屋に入れた時点で手錠は再利用可となる。
一人一台の端末に都度、禁止エリアや確保状況等の情報が流れる。
プレイヤーにはゲーム開始時から一人につき一丁のモデルガン(タイプ選択不可)が支給されており、ペイント弾が装填されている。
追って来る狩人に対してこれを使った反撃が可能で、急所(ヘッドセット・胸部のセンサー)に当てることで動きを30秒封じることが可能。
その間、逆に所持している手錠をかけられた狩人はゲーム終了までその場を動くことが出来なくなる。
尚、狩人は全員訓練を受けた成人男性であるため、ペイント弾以外の反撃も可だが、動きを止める強制力は無い。
特殊なペイント弾はプレイヤーの衣類とヘッドセットに当たった時にも同様に動きを封じる効力があるため、誤射に注意が必要。
制限時間終了時に確保されていなかったプレイヤーには賞金が与えられる。(賞金総額に変更は無し)








「・・・あれ?これ首輪爆弾があったら更に怖ぇゲーム寄りだったんじゃね?」
「映画の見過ぎなんだよなぁ・・・だから万年赤点なんじゃねぇのかぁ」
「そう言うなよぉ!!今回は立花兄妹のお蔭でセーフだったんだからぁ!!」




* * *



廃墟という名の舞台は、荒廃した都市といった雰囲気の広大な敷地面積を誇っていた。
建物もあれば広場もある。形がしっかり残っているものもあれば、部分的に朽ちた様な造形のものまである。ロケ地として使われているくらいなのだから管理の行き届いたセットと考えるのが妥当なのだけれど、苔の生え方ひとつ取っても見事な出来栄えだ。

まさに朽ち果てた都市の中にひとり放り出された様な気分を味わいながらも、は物陰で息を殺す。
遡ること二時間前、高等部の生徒30名は船に乗せられこの地へ降り立った。
そこからは別々の車に乗せられ指定の衣類に着替えを済ませ、無差別に選ばれた銃を持たされたかと思えば、目隠しをしてスタート地点まで連れて来られるという主催側の用意周到ぶりを見せつけられることから、ゲームは始まった。

禁止エリアの件もあるため、まずやるべきことは地理の把握及び現在位置の確認だ。端末の画面ではわかりにくいこともあり、支給されたセットの中に入っていた紙の地図を広げ、は心細さを押し殺す。
一人ずつ別々の場所からのスタート。そして持たされた専用端末は主催側からの案内は受信しても、プレイヤー同士で連絡を取り合うことには使えない。
一番に妓夫太郎を探しに行きたい気持ちは勿論ある。けれどこのゲームは鬼ごっこだ。闇雲に動き回れば、狩人に捕獲されて即失格となってしまう。
壁が崩れた部分から真夏の日差しが差し込む、荒れ果てた建物の一室。太もものホルスターにはモデルガンとはいえ慣れないピストルが収まっているし、見知らぬ場所に一人きりという状況はゲームには似つかわしく無いほどの重苦しい緊張感を生んだ。

雑念を懸命に振り払い、集中、と剣道の師範の声を脳裏に再生する。
演技の際は、舞台上にいつも一人きりの筈だ。鬼の面こそ今この手には無いが、落ち着けばきっと出来る。深呼吸の末には地図を凝視し、崩れた壁の端から外の様子を覗き見た。
何人かのプレイヤーが走る姿が見える。建物の三階に相当するであろう高さからは、ある程度色々なものを見渡せた。スタート地点に恵まれたとしか言いようが無いが、長居が禁物であることもわかる。下の階から狩人がやって来た場合、逃げ場が無い。上の階であればある程、何かあった時は袋の鼠だ。

大体の現在位置を素早く把握し踵を返そうとした瞬間、視界の端に地上を走る見知った白髪の少女を捉えた。まずはひとり、合流したい相手を見つけられたことには安堵の息をつく。手早く地図を収め、なるべく足音を立てずに階段を降りた。
どうやら二階から一階へ降りる階段は繋がっていない様で、全体地図だけでなく建物の見取り図も欲しかったと眉を顰めるが、今は時間が惜しい。は姿勢を低くしたまま、廊下を進む。

必要以上に研ぎ澄まされた感覚が音ではなく気配で相手を拾ったその瞬間、は息を呑んですぐ傍の一室に滑り込んだ。

足音がほとんどしない、つまり相手はプレイヤーではない可能性が高い。ここは二階だ。気配を殺し、声を殺し、今すぐ身を潜めなくてはならない。最悪に備え、ハンドガンを手に取ったその刹那―――は背後からの拘束を受け口元を手で塞がれた。



* * *



その緊迫した状況は、数秒だったのか数分に及んだのか。時間感覚が曖昧になりそうな中、は必死に廊下の気配を辿り続けた。二階の廊下を一往復したその狩人は、上の階へは昇ることなく一階へと降りて行く。
最初の危機が遠ざかったことに安堵したと同時に、拘束と口を覆う手を解かれる感覚に身を捻るように相手を見上げる。

会いたかったそのひとの青い瞳と目が合った。

「悪い、苦しかったか」
「ううん、大丈夫・・・」

まさか滑り込んだその一室に、妓夫太郎が既に潜んでいたとは思いもしなかったのだけれど。考えもしなかった早い再会が嬉しく、は頬を緩めてしまう。

「お前が大人しくしてたからなぁ、助かった」

今更言葉にして確認するまでも無いことだが、すぐ傍まで狩人が迫っていたのだ。突然の拘束に対し、が悲鳴を上げていたならば状況は大きく違っていただろう。妓夫太郎はそれを指摘し礼の言葉を口にしたのだが、それを受けたは柔らかく笑う。

咄嗟に大人しくその腕に収まったのは、相手が信頼できる彼だとすぐに理解出来たからだ。彼の匂いも、抱き締められる感覚も、何もかも知り尽くしているのだから、顔を確認せずともわかる。

「妓夫太郎くんだって、すぐわかったから」
「・・・そうかよ」

連絡手段が無い今、最初に会えたのがお互いで良かった。
そうして短く笑い合い、二人は頭を切り替えてその場に屈み込んだ。
妓夫太郎が広げた地図を指差し小声で情報を確認し合う中、二人して現在位置は正しく把握出来ている様で頷き合う。
同じ建物の2階と3階からのスタートだった偶然に感謝しつつ、話題は自然と次に合流したい二人のことへ流れた。

「お兄ちゃんなら、多分最初に梅ちゃんを探すと思う」
「梅が行きそうな所っつーと・・・」

地図上には敷地の中央近く、女神の像が建つ噴水がある。尤もその像が原型を留めているのかは定かではなく、水は流れていないのだろうけれど。
あての無い合流を願う梅が向かうなら恐らくここだろうと妓夫太郎が狙いをつけると同時に、の細い指先がそこを指した。

「多分・・・ここ。さっき、この近くで走ってるのを上から見つけた」
「・・・成程なぁ」

確かに分かり易い場所だ、見つけて貰いたいならば良い選択だろう。しかし同時に、見つかりたくない相手にもその身を晒してしまうことになる。早急に合流する必要があると判断し、二人は同時に立ち上がった。
アサルトライフルを片手で担ぐ妓夫太郎を見上げ、の手がほぼ無意識に支給されたTシャツの裾を小さく掴む。廊下の様子を窺おうとした彼と目が合い、その手は慌てて離された。

「あっ・・・なんでも、ない」

ごめんなさい、と小さく呟く彼女の目が泳いでいる。何でもないことは無いだろう。加えて、大体の予想はついてしまう。

妓夫太郎は外の様子を窺いつつも、向かい合って立つその華奢な身体を見下ろした。白いTシャツに迷彩柄のカーゴパンツ、妓夫太郎と同じく小さなヘッドセットを装着した黒髪はポニーテールに結われ、太もものホルスターにはハンドガンが収まっている。
滅多に無い装いのためか、この緊張感を少しでも紛らわすためか。二人でいられる間に触れあいたくなる気持ちは、正直わからなくもないのだけれど。

妓夫太郎の指先がの頬に伸ばされ、お互いの目が合った。触れた部分が熱いのは、気のせいではない筈だ。揶揄うような表情で口端を上げた妓夫太郎の顔が近付き、の目が丸くなる。

「勝負を捨てても良いなら、いくらでも応えるけどよぉ」
「っ・・・だ、だめ・・・」
「・・・だったら、今はこれで我慢しろよなぁ」

頬に触れていた手が背後に回り、頭ごと抱き寄せられる感覚には瞬き、慌てた様にその細身ながら逞しい胴に腕を回した。

時間が無い。鼻からいっぱいに息を吸うようにその温かな感覚を満喫し、ものの数秒での方から身体を離す。状況的に厳しい中、ほんの少しでも気持ちを汲んで貰えたことが嬉しかった。

「ありがと・・・充電、満タン」
「・・・ばぁか」

悪戯な笑みに間近の距離で見上げられ、妓夫太郎は思わず漏れた苦笑と共にその頬を撫でた。いくらでも甘やかしたい気持ちは最早心の奥底に深く根付いているものだ、どうしようも無い。
我慢が効かないのはどちらの方だろうかと細く息をつき、短く額に口付けることで区切りとした。思わぬおまけに目を輝かせる笑顔がまた堪らない。きりが無いとその頭を撫で、妓夫太郎はを背に庇う様にしてライフルに手をかけた。

「行くぞ。離れんな」
「うんっ・・・」



* * *





何故、こんなことになってしまったのか。

腕の欠けた女神像の噴水跡地で、梅は息を殺して物陰に屈み込んでいた。
人の気配は入れ代わり立ち代わりに感じる場所だった。その度に幸太郎ではないかと顔を覗かせるものの、期待は叶わず今に至る。
突如として鳴り響いたけたたましい電子音にびくりと肩を揺らしたのは、妓夫太郎やの姿も見えず梅が不安に駆られ始めたその時のことだった。

一体何事か。こんな大きな音を出してしまっては、狩人に気付かれてしまうのではないか。
恐る恐るほんの少し顔を出した、その視線の先。
地に蹲るプレイヤーの姿があった。見知った顔ではないが、酷く動揺している様子だった。しかし、まるで重い鎧を無理に着せられているかの如くその身体は地にべたりと押し付けられている。
全員同じ筈の白いシャツが部分的に赤く点滅しており、この耳障りな電子音の音源がそこであることを主張する。構造として一切理解が追い付かない中、自身も同じものを着ていることにゾッとしたその時、梅の目はそのプレイヤーの背中を捉えた。

白いTシャツの背中に、べったりとついたペイント弾の跡。

その奇妙な光景に眉を顰めると同時に黒いスーツ姿の男が現れ、梅は慌てて頭を引っ込める。
呻くプレイヤーの声、手錠のかかる無機質な音、鳴りやむ電子音。
狩人がプレイヤーを確保している現場から、崩れた壁の残骸一枚を隔てた場所に蹲ることの恐怖。血管の脈打つ音が頭に響くような緊張感に、唾を飲む音すら聞こえるのではないかと怯えてしまう。
全神経を注力し、その狩人がプレイヤーを連れてその場を離れる足音が遠ざかりやがて完全に聞こえなくなるまで、梅は息を殺し下唇を強く噛み続けた。
静まり返ったその場が、ようやく安全になったことを実感して深く息を吐き出す。

その直後、別の方向からこちらを覗き込む狩人とサングラス越しに目が合い、梅は声にならない悲鳴と共に飛び退いた。

「っ・・・!!!」

ほんの数秒前まで固く縮こまっていたのだ、そう易々と機敏な動きは出来はしない。間一髪で手錠を翳した手からは逃れることが出来たが、二度三度は恐らく通用しないだろう。
狩人は全員訓練を受けた成人男性と事前に聞いてはいたものの、相対した実物は異様に無機質で恐ろしい。
焦りのあまり支給されたピストルでの反撃も忘れ、梅は尻餅をついたまま後ずさる。こんなに早い段階でもう駄目かと歯を食いしばった、その時。

空を裂く様な銃声に、梅は身を固くした。

発砲元は狩人の背後から、地面に広がる鮮やかな赤はペイントの着弾だ。想定以上に大きな一撃の反動に動揺している、威嚇射撃の張本人とは。

「先生っ・・・?!」

信じ難い光景に目を見開く梅の前で、狩人が標的を幸太郎へと変える。
プレイヤーが強制力をもって狩人の動きを封じる手段は、ヘッドセットか胸のセンサーに発砲し着弾させることだ。しかし向かい合って初めてわかるセンサー判定の狭さは、動く標的を狙うことの難しさに輪をかけて幸太郎に圧をかける。何しろ一発の威嚇射撃ですらその反動に手が震えてしまうくらいだ、もう一撃しくじれば恐らく確保されて終わってしまう。スタンダードなピストルを手に、ほんの何秒かでも梅の逃げる時間を稼ごうと決して早くはない足で幸太郎が踵を返した次の瞬間には、狩人の手が目前まで伸びていた。

彼の手に手錠がかかろうとしたまさにその時、円状の枷が想定外の方向から強く蹴り飛ばされる。

痺れるような手の衝撃に僅か顔色を変えた狩人と幸太郎の間に、軽々とした跳躍からハイキックを見舞った男が着地した。

「・・・立花、退いてろぉ」
「っ妓夫太郎殿?!」

ゆらりと構えた妓夫太郎は、次の瞬間には身を低くして狩人に足払いをかけるべく一手を繰り出していた。咄嗟に飛び退くことでそれをかわすことも読んでいたかの様に、今度は肩にかけていたライフルで空いた胸部を狙い定める。次いで急所のセンサーをガードすべく両腕で防御を組んだその箇所を、容赦無く素早い飛び蹴りで押し込む様に大きく後退させ、そして。

「・・・っ!」

妓夫太郎がその名を叫ぶと同時に、猛攻に数歩後退した狩人のヘッドセット目掛け、赤いペイント弾が命中した。

途端に動きを停止した狩人の様子に、妓夫太郎が自身で蹴り飛ばした手錠を手早く回収してその両手にかける。成程、急所に着弾させれば30秒間強制的に動きを止めるという設定に嘘は無かった様だ。
手錠を掛けられた狩人はゲーム終了までここを動くことは出来なくなる。これにて一体制圧完了だ。今までの無機質な印象から一変して無念そうに眉を顰めるその様子が人間らしく、妓夫太郎は思わず勝ち誇った悪い笑みを持って見下した末、背後の物陰を振り返った。
下手に撃てば幸太郎に当たる危険があったため力技で後退させるまで待てという指示を受け、彼女は実に良い仕事をしてくれた様だ。

「やるじゃねぇか」
「当たるか冷や冷やしたよ・・・何とか上手く行って良かった」

初めての狙撃成功に、は安堵の息をついて妓夫太郎と無力化した狩人を見遣った。本番の一発勝負に強いのは流石といったところだろうか。

「・・・あっ、お兄ちゃん、梅ちゃん、大丈夫?」

短い激闘は、勿論二人を危機から救うためだった。
振り返ったその先で兄に縋りつく梅の姿を認め、の表情が優しく緩む。

「もうっ・・・先生の、バカ。無茶しないでよぉ・・・!」
「す、すみません・・・お怪我は、ありませんか?」
「・・・ん。無い・・・ありがと」

さぞかし不安な思いをしたのであろう、梅は若干涙目になっていた。宥めるようにその頭を撫でる幸太郎だったが、近付いてきた妓夫太郎とにも勿論苦笑がちに礼を述べることを忘れない。

「助けていただいて、ありがとうございました。つい、自分の力不足を失念してしまって・・・」

運動神経の無さは理解出来ているため、せいぜい作戦の立案くらいしか役には立てないだろうと自覚していたにも関わらず、咄嗟に身体が動いてしまった。
そうして頭を掻く幸太郎、そして彼に縋りつく梅の姿を見遣り、妓夫太郎が溜息をついて腕を組む。
出来ること出来ないことの問題ではなく自然と身体が動くことには、心当たりもある。何より梅を守るためならば、認めない訳にもいかないだろう。

「・・・まぁ、お前にしちゃあ上出来なんじゃねぇのかぁ?」
「そうだよ。お兄ちゃんがいなかったら、私たち間に合わなかったかも」

穏やかなフォローを受け、幸太郎が少し照れた様に笑った。









狩人:残4名 / プレイヤー:残29名
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