廃墟からの挑戦状 壱




※ご注意ください

大真面目に皆で遊ぶ話です。
普段以上に、何でも許せる方向けの続きものです。
頭の中を空っぽにしてお読み下さい。
ベースは某有名な鬼ごっこで、その他割と何でもありなゲームに挑みます。
特に2話以降、まともな突っ込みは恐らくキリがありませんのでご理解ください。
ご了承いただけた方のみ、お進みください。






連日の雨は六月に入って以降、順調に記録を更新し続けている。
教室の窓から見上げる雨空は、当然のことながらどんよりと暗い色をしていた。

「毎日雨でヤになっちゃう」
「そうだねぇ・・・」

昼食を終えた後、の教室に集まることは珍しくはない。日によって四人であったり六人であったり、時には二人であったりもするが、今日は一番多い日だ。

空いた椅子に腰かけた梅が憂鬱そうに外を睨む姿に、はのんびりと同意の声を上げる。
雨の続くこの季節の一字を名に持つ美少女は険しい顔をしているが、は正直なところ今の季節が嫌いではなかった。更に言うならば、にとって嫌いな季節などひとつも無い。暑い夏も寒い冬も、一緒にいたいひとが揃った今ならばどんな季節も愛おしい。
そうだねと言いつつ上機嫌に梅の頭を撫でる彼女からはそんな本音が零れ出ており、傍にいた妓夫太郎は僅かに口元を緩めてその光景を見守った。

触り心地の良い髪の感触を楽しむ様に目を細めていたは、不意にはっとした様にその目を丸くして正面にいた後輩へと呼びかける。

「あ。恋雪ちゃん、傘持ってきてる?校舎出るのに、大きな傘無いと・・・」

昼に入るまでは重い曇天だったものが先ほど強く降り出したものだから、中等部の校舎へ帰る恋雪を心配しての声だった。
しかし、彼女の隣に座る男と目が合って暫し口を閉ざす。数秒の沈黙の末、狛治と同時に苦笑を浮かべたが小さく両手を振って詫びた。

「・・・ごめん、余計な心配だったね」
「いいえ、お気遣いありがとうございます」

恋雪が頬を僅かに染めて礼を言うものだから、は逆に気恥ずかしい思いで笑い返した。
こんな日に狛治が恋雪を校舎まで送らない筈が無い。どんなに強い雨風からも可憐な婚約者を守るであろうクラスメイトの姿は頼もしいものだ。

雨脚は力強いが、この時期の終わりは間近に迫っている。例年より随分早めではあるが、天気予報は来週から晴天続きであることを告げていた。

「もうじき、本格的な夏が来ますねぇ」
「うん」

兄の言葉に相槌を打ったが、傍らの机に寄りかかる妓夫太郎を見上げる。こちらを見下ろす青い瞳と目が合い、彼女の柔らかな笑みが花開いた。

「今年も、楽しい夏にしようね」

窓の外からの雨音、昼休みの騒めき。
この笑顔を真っ直ぐに向けられると時折周りの音が遠くなる様な気さえするものだから、困ったものだ。
がそう言うのであれば、例え猛暑の夏だろうが極寒の冬だろうが良い季節に思えるのだろう。妓夫太郎は恋人の前髪を優しく混ぜることで返事に代えた。くすぐったそうに笑うの声が、耳に心地良い。

「謝花っ!謝花謝花謝花!!」

勢い良く飛び込んで来た、クラスメイトの声にかき消されるまでは。
穏やかな表情から一変、妓夫太郎は眉間に皺を寄せて盛大な舌打ちを鳴らした。

「チッ・・・うるせぇのが湧いてきやがったなぁ」
「雑魚の分際で気安く話しかけてこないでよ佐伯」
「・・・妓夫太郎くん、梅ちゃんも」
「いつものことながら兄妹できっつい!立花妹は気遣いサンキュ!でもそれよりこれ!これ見てこれ!」
「あぁ・・・?」

妓夫太郎と二年目の付き合いになるこの男は、相変わらずの当たりの強さにもめげることなく六人の輪の中に飛び込んで来た。
その手に握られていたのは、一枚の紙だった。
中央に据えられたそれを覗き込むように、自然と全員が円の形になる。丁度正面に位置していたが代表して、そのタイトルを読み上げた。

「・・・廃墟の鬼ごっこ?」

それは、文字通りイベントの告知だった。
実施日時は夏休み中のとある日中。年に何回かテレビで見る、芸能人が遊園地や島を貸し切りスーツ姿の男たちから逃げ回る企画に似ている。
小首を傾げて見入るの横で、梅があっと声を上げた。

「お姉ちゃんアタシここ知ってる。ドラマとか映画でも使われてるところ」
「え、そうなの?じゃあ、そこを貸し切ってイベントをするってこと・・・?」

廃墟と謳っているそこは、時にアクション映画の撮影等に使われるロケ地として有名で、どうやら今回はそこを貸し切ってのイベントを行うらしい。
突如として齎された告知に疑問や動揺を含めて注目が集まる様に、佐伯は満足気に腕を組んで笑った。

「佐伯殿、これは・・・」
「へっへーん・・・実はまだ、掲示板には貼られてないやーつ!輩先生に土下座して先に貸してもらった!」
「はぁ?アンタ、プライドってものが無いわけ・・・?」
「謝花妹に何を言われても俺は折れないぜ・・・!」

塵を見るような目には流石に心に刺さるものを感じつつも、佐伯は親指を立てて耐え切った。今は梅の罵りに屈している場合ではない。

「謝花、これ一緒に出よう!絶対楽しいし、謝花の足があれば勝てっから!逃げきれたら賞金山分け!」
「微塵も興味が無ぇんだよなぁ・・・」
「そこを何とか・・・!お願い・・・!」

平たく説明するならば、制限時間内に逃げ切れたなら賞金が貰えるゲームなのだ。加えて映画のロケ地にも使われる様な廃墟を舞台に貸し切っての催しである、夏休みに友人たちと参加出来れば楽しくない筈が無い。
つれない態度を通す妓夫太郎に佐伯が縋りつく姿を横目に、狛治がその告知用紙を手に詳細を読み上げた。

「参加資格はうちの高校生であること。各学年最大十人、計三十名まで・・・規模の割に随分と対象が限定的な催しだな」
「確かに、そうですね・・・学園主催ではなさそうですが、一体どこからの招待なのか・・・」

狛治と幸太郎の疑問は尤もで、そもそも何故この学園の生徒が招待されているのか、高等部の生徒に限定されているのは何故なのか、主催は何処なのか、不明点の多いイベントだった。
二人が裏面の詳細を眺めているため、正面に座っているの目には表面の文字が目に入る。光の差し込む写真が使われているため、廃墟と言えど恐ろし気な雰囲気はまるで感じられず、冒険への誘いのような高揚感に胸が高鳴る。謎の多いイベントであると同時に、滅多に無い機会であることも間違いない。夏休みの一日、行ったことの無い場所で初めての催しに彼らと共に参加出来たなら、それは―――。

「・・・楽しそう」

決して大きくはない呟きだった。
しかしそれを拾った佐伯と妓夫太郎の動きがピタリと止まり、縋りついていた側の男の顔が明るく輝きを増す。
の後押し、即ち目の前で渋っている友人にとっては決定打の筈だ。

「・・・ほら、ほらほらほらっ!彼女はこう言ってるぞーギュウタロウクン!」
「てめぇは黙ってろ」
「ごめん調子に乗りました、放してクダサイ」

片手で掴んだ男の頭を解放し、妓夫太郎はと向かい合う。微塵も興味が無いという発言を聞いていた手前、若干気まずそうに頭を掻きながらも、彼女の瞳は期待と葛藤に泳いでいた。

「・・・えっと、賞金はともかく、楽しそうだから私は参加してみたい」
「・・・」
「出来れば・・・妓夫太郎くんも一緒だと、嬉しいけど・・・どう、かな」

どうかな、ではない。
遠慮がちではあるががそう主張するならば、妓夫太郎の答えは最初からひとつに決まっている。彼女のしたいこと、喜ぶこと、全てを叶えるためならどんな努力も惜しまない。
表向き、仕方の無さそうな装いを解くことは出来ないけれど。

「・・・しょうがねぇなぁ」

その返答にぱっと輝く黒い瞳が、あまりに可愛らし過ぎて思わず苦笑が漏れてしまう。
取り繕う仮面をまともに保っていられない理由はのせいか、それとも多少は気を許している友人に囲まれているためか。後者は素直には認めないながらも、妓夫太郎は喜ぶの頭に手を置いて不敵な笑みを浮かべて見せた。

「・・・やるからには、手は抜かねぇからなぁ」
「うんっ!!もちろん!!」

ともあれと妓夫太郎がそう決めたのならば、梅も黙ってはいられない。内心楽しそうだと思っていたこともあり、枷が外れたように勢い良く前のめりに手を上げた。

「お兄ちゃんとお姉ちゃんが出るならアタシも!先生も出るでしょ?」
「いやぁ、私はこの手のものは・・・」
「だぁめ!アタシが出るんだから先生も出るの!素山は?」

頭脳特化型の幸太郎が消極的なことはわかっていたが、それを強引に引っ張るのが梅の役割である。こんな機会に資格がありながら不参加だなんて、きっと彼の妹も望まない筈だ。不安げに苦笑しながらも拒絶の姿勢を見せない幸太郎を見遣り、梅は次に狛治に目を向けた。

「・・・俺は今回は、」
「狛治さん、是非参加してください」

少しの間を置いて断ろうとした婚約者の声を、恋雪が優しく遮った。
今回の企画の参加資格は高校生であることなので、中学三年の恋雪は出ることが叶わない。それ故に狛治が辞退しようとしていることも、内心では興味を持っていることも、全てを見通した上で恋雪は穏やかに微笑んでいた。

「応援してます、活躍してきてください」
「・・・わかりました。全力を尽くします」

大切な恋人から活躍を願われては、引き下がれない。優しい気遣いに応えるべく頷いた狛治に、恋雪が嬉しそうに笑った。
期待以上に役者が揃った状況を前に、佐伯が震える拳を握り締める。これは確実に楽しくなるであろう、更に妓夫太郎と狛治が揃えばこちらの勝ちはほぼ間違いない。

「よっしゃあ!めっちゃ楽しみになってきたなぁ夏休み!」
「・・・そういうお前は、参加出来んのかぁ?」
「え?」

妓夫太郎の一言に対し、ぽかんとしているのは佐伯本人だけの様だった。
何と言っても、彼は成績が良くない。

「赤点補習は回避出来んのかって話だよなぁ・・・」

一月後には一学期の期末考査があり、夏休みは絶好の補習日和である。果たして万年赤点組である佐伯がこれを回避できるのか、否か。
これまで補習皆勤賞であったにも関わらず、嬉しさのあまり考えが至らなかったあたりがこの男らしい。
砂の如く白くなってしまった佐伯を案じ、幸太郎が腰を上げた。

「・・・さ、佐伯殿、頑張りましょう。私も協力します」
「あっ・・・私も!対策して頑張ろう、佐伯くん!」

兄に続くようにも手を上げた。としても、この話を持ってきてくれた佐伯の力になりたい気持ちは強かった。
ひとまず赤点を回避させれば良いのだから、今からでも対策を取ればきっと何とかなる筈だ。補習常連組とはなかなかに手強いかもしれないが、試験範囲は定められているのだから、兄と二人がかりなら不可能では無いだろう。
そうして学年一位と三位の兄妹は強い決意のもと目を交し合った。

「立花兄妹・・・!!後光が眩しいぜ・・・!!」

この心優しい申し出に佐伯は深く感謝した。これで夏休みの未来はかなり明るい。
瞬間心に灯った眩い炎は、次の瞬間には氷のような冷たさの水をかけられることとなる。刺すような鋭い視線と、肩に食い込む深爪気味の手の力に震えが止まらない。

「佐伯アンタ、先生に手伝わせて赤点取ったら容赦しないわよ・・・そもそも、アタシの先生を借りるってどういうことかわかってんの・・・?」
「まったくだよなぁ・・・に手間かけさせんなっつー話なんだがなぁ・・・きっちり取り立ててやるから覚悟しろよぉ」
「物騒過ぎて怖い。頑張るから許してくれよぉ!!」

果たして、佐伯が願う通りの夏は訪れるのか。
梅雨はもうじき、明けようとしている。


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