観覧車を眺めて



美しいイルミネーションが、大きな円となって夜の空中を彩っている。時には中心から渦を描くように、そして時には時計を早回しにしているかのように、色とりどりの光が颯爽と駆ける。

クリスマスの夜景に、観覧車の存在は大変映えた。

「綺麗だねぇ」
「・・・」

この広い敷地内、どこからでも眺めることが出来る観覧車に、チケットのコードを贈った二人は今頃乗り込めているだろうか。
屋上から目の前の光景を眺めていたはしみじみとそう呟いたが、隣からの返答が無い。これはまずかっただろうかと、彼女は内心冷や汗をかきながら恋人の横顔を見上げた。

「あの、妓夫太郎くん」
「ん?」
「・・・怒ってる?私、やり過ぎた?」

梅と幸太郎に二人の時間を作ることまでは彼も納得済みのことであっても、流石にクリスマスの観覧車はあからさま過ぎただろうか。梅の兄である妓夫太郎に対し、配慮が欠けていただろうか、とは不安げに眉を下げた。
対する妓夫太郎は数秒の間を置いた末、小さな苦笑を浮かべてその手を握ることで応える。

「・・・怒ってねぇ。ただ、お前の世話焼きぶりを舐めてたって痛感してるだけだ」

クレーンゲームに気を取られている間に二人がその場を離れたことを、彼女はざっくりと筋書き通りだと言った。しかし実のところ、競争率の激しいチケットまで二人のために用意していたというのだから恐れ入る。ざっくりどころの話ではなく、事細かにの頭の中には今日の計画があったということだ。

妓夫太郎が怒っている訳では無かったことに安堵している子供の様な表情からは想像し難いほどに、何かのスイッチが入った際の彼女の行動力は相変わらず凄まじい。

「今日のチケット、取るの大変だったろ」
「ちょっとね。でも、こういうの頑張るのはむしろ好きだから、全然良いの!」

かかった労力はちょっとどころの話では無いだろうに、何てことは無いかのように笑うその表情は優しい。

「二人とも、喜んでくれてると良いなぁ」

夜景の中に煌めく観覧車を見つめ、恐らく二人に思いを馳せているのであろうの横顔は、綺麗だった。
自分ではない誰かのために力を尽くせる、彼女は昔からこうなのだと妓夫太郎は改めて感嘆の息をつく。

見ず知らずの自分を毒から遠ざけ、ひたすらに世話を焼いて傍にいてくれた存在。彼女のいない人生は今更考えられないほどに強い影響力を与えたは、最初の人生から二度生まれ変わって尚本質が変わらない。
平和な時代でそんなの隣にいられる今ほど、満ち足りた時は無いだろう。今この瞬間の尊さは、幾度噛みしめても慣れることは無い。そしてその度に妓夫太郎は心の底から思う。

「・・・
「なぁに?」

大切に守らなくてはならない、と。

「・・・目ぇ、瞑れ」



* * *



「え・・・?」
「良いから。目ぇ、瞑れ」

これにはが思わず目を見開いた。
普段でも恐らく戸惑うであろうその台詞を、今日という日にこんな状況で好きなひとから告げられて、平常心でいられる筈が無い。
妓夫太郎はそれ以上を告げることなく、の瞼が大人しく降りるのを待っている。小さく慌てるように目を泳がせること数秒後、は覚悟を決めたように目を閉じた。

二人きりの時は甘えればいくらでも貰えるキスも、人気が少ないとはいえ外だと思うと緊張感が高まる。否応なしに騒がしくなる鼓動と、どうしたって湧き上がる期待の気持ちを精一杯に押さえ付けた、その時。
近付いてきた彼の腕が後頭部に回り、しかし考えていた展開とは違う動きを見せていることに、は気付いた。

ごそごそとした動きの末、ふわりと首回りに巻かれる柔らかな温かさ。彼の匂いはする。けれど、妓夫太郎自身ではない。緩く結ばれた様な感触を最後に気配が離れていくのを感じ取り、は思わず目を伏せたまま小さく口端を上げた。

「・・・開けて、良い?」
「おぉ」

この目で確認せずともわかる。今、彼の優しさに文字通り包まれていることを。

「男物の中古だから悪ぃが、今日だけでも巻いてろ。首元冷えんだろ」
「嬉しい、ありがとう・・・あったかい」

ゆっくりと目を開いた先には、思っていた通りの黒いマフラーがしっかりと自身の首元に巻かれている。は堪え切れない笑みを携え、その温かさと優しさに再度目を閉じて息を吸った。

彼の匂いがするこのマフラーが今の元へとやってきたことには理由がある。早々に渡したクリスマスのプレゼントを、彼が早速巻いてくれているためだ。
買い替える理由もなくずっと使い古しているのだと聞かされた時から、今年のクリスマスにはマフラーを贈ることをは心に決めていた。
今日その場で外された、長年彼を温めていたであろうものに巻かれて、が嬉しく思わない筈が無い。

当初期待した展開とは少し違ったけれど、妓夫太郎の優しさが嬉しいので気にはならなかった。

「妓夫太郎くんの匂いがする」
「・・・おい、止せ」
「ふふ。どうして?だって好きな匂いだか、ら・・・」

優しい匂い、柔らかな温かさ。包み込まれた幸せを堪能するかの様に、が首元のそれを顔の近くへと手繰り寄せた、その刹那。
何重かに巻かれた黒いマフラーの隙間から零れ出た、青く小さな石を、の目が捉えた。

「・・・え?」

首の後ろを通して金色の細いチェーンに繋がれたそれは、胸元より少し高い位置でその存在を主張している。

「妓夫太郎くん・・・これ、」
「・・・こっち見んな。何も言うな」
「・・・」
「上手く行けば、帰るまで気付かれねぇかと・・・っくそ、早ぇんだよなぁ」

こんな形で隠されていたものを暴いてしまい、咄嗟には理解が追いつかずは瞬くことしか出来ない。
しかし、参り切ったような顔で目元を手で隠す彼の様子が全てを物語っている。

「前も言ったかもしれねぇが・・・俺は、女物の良し悪しはわからねぇんだ」

絞り出す様な声は気恥ずかしさ一色に染まっており、聞いているの頬も熱を持った。

「ただ、考えてみりゃあ・・・競技用の飾り紐以外、お前に・・・簪の代わり、ひとつも渡してねぇって気付いて、だな・・・」

頭を掻いて、目を逸らして。
大層言い辛そうに告げられたその言葉に、は内から突き動かされる様に一歩を踏み出した。

「そりゃああの簪も、今回のそれも、大して良い代物じゃねぇしなぁ。自惚れじゃなけりゃあ、お前なら多分その色を選ぶだろうって・・・それも正直、百パー自信がある訳じゃ・・・」
「・・・っありがとう、妓夫太郎くん」

狼狽えるあまり普段より明らかに増えた口数は、遮る様に正面から抱きつかれることでか細く消え失せた。
首に両腕を回すようなの抱き着き方に対し、最早反射の様に両腕を広げて抱き止めてしまう妓夫太郎がいる。
お互いのマフラーが確かに阻んでいる筈が、何故か頬をぴたりと寄せ合う様に相手の熱さを感じてしまう、そんな抱擁だった。

「本当にありがとう・・・もう、なんか、ぴったりな言葉が見つからない・・・嬉し過ぎて、どうしよう・・・」

の声は、喜びに震えていた。
一番傍にいたいひとから向けられる愛情は、有難いことに日頃から受け止めているものだけれど。今この瞬間、その幸福を特別強く感じる。

「・・・だいすき」

もっと上手く想いを伝える言葉があれば良い。けれどあまりの嬉しさに頭が回らず、口をついて出るのはたったの四文字だけだ。
宝物がひとつ増えた夜に、は心からの感謝を込めて一層抱き着く力を強める。

幸せだ。ただただ、幸せだ。

「・・・
「ん?」
「もう一回、目ぇ瞑れ」

不意に肩を掴まれ、二人の間に僅かな距離が空いた。

「今度は、期待外れな思いはさせねぇよ」

困った様に笑う、その青い瞳は優しい。
こんな贈り物を貰えたのだから、期待外れだった筈が無い。
けれど全て見抜かれていたことが、嬉しくて。
大人しく瞳を閉じたに、小さく笑いながら妓夫太郎の顔が近付いた。

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