祭前の作戦会議



9月某日。学園内は文化祭の飾り付けが始まり、準備期間特有の盛り上がりで満たされていた。
三年柊組のプログラムは既に話題の中心となっており、中学でありながら芸能ブロックの最後を飾る予定で、担任の宇髄はここ数日それはもう機嫌が良い。
音楽、衣装、照明機材の操作と広報活動に至るまで裏方部隊が手厚く支援してくれているお蔭で、実演部隊は一心不乱に稽古に励む日々だ。

そんな中、昼休み中のとある一室にて甲高い悲鳴が上がった。
ドアには報道同好会と札がかかっている。

「キャー!!!クラスTシャツ・・・!!!」

是非持ってきて欲しいと頼まれた現物を見せるなり、蜜璃が歓喜の表情でそれを広げるものだからはつい頬を緩めてしまう。

つい先日宇髄から紹介されたこの一学年上の先輩は大変愛らしく、その目に映ることは何事にも全力投球だ。はわわ、と声にならない悲鳴を上げながらその手に持った服をあらゆる方向から観察している。
黒地のTシャツは、実演部隊・裏方部隊問わず柊組全員に配られているものだ。正面から見れば至ってシンプルな黒シャツだが、背中には実に派手な黄金色で“柊”の一文字が刻まれている。

「もちろん、この背中の柊の文字は・・・!!」
「ふふ・・・はい、私が」
「そうよねそうよね!!素敵だわぁ!!」

白地に黒文字が当初の案だったが、宇髄に猛反対を受け気付けばこのチョイスとなっていた。最初はクラスの誰もがどうかと思ったものだが、完成品を手にした今となってはなかなかに味のある仕上がりに見えてくる。これも文化祭マジックだろうか、何にしても当日は袴に合わせこれを着て本番に臨む。普段の大会では袴の上は着物に襷だが、クラスTシャツというのはいかにも文化祭といった雰囲気がありとても良い。第三者である蜜璃に手放しに褒めて貰えたことで、も嬉しそうに笑った。

「はっ・・・ごめんなさい私ったら。打ち合わせに来て貰ったのに、話が脱線ばっかりね」
「そんなこと無いですよ。決めるべきことは決められてますし、大丈夫です。私の方こそすみません、甘露寺先輩のお話が楽しくて、ついつい話が膨らんじゃいます」
「・・・ちゃん、優しいのね・・・!」

年下のからのフォローに、蜜璃は頬を赤くして照れたような笑みを浮かべた。しかし次の瞬間には、先輩としてしっかりしなければと背筋を伸ばす。つられても背筋を伸ばしてしまい、一拍置いて二人して笑いあった。

「えっと、少しまとめるわね。今回の配信の目的は、書道界で有名なちゃんの活躍を、文化祭の舞台を通して広く発信することにあります!同時に、書道のパフォーマンスにより興味を持って貰うため、更にはちゃんのファンへのサービスということで、当日は演技の時間以外も、ちゃんの密着配信をしちゃいます!リポーターは私が責任を持って務めるわ!よろしくね!」
「・・・よ、よろしくお願いします!」

お前の密着配信が決まったからよろしくな。と、まるで大したことは無いかの様にさらりと宇髄は告げた。
開いた口が塞がらないの背を押したのは、やはり兄と狛治であった。密着配信、つまりは舞台から降りた素のの様子を発信するということだ。宇髄が一体どんな手を使ったのかは謎だったが、今回の配信は理事長から正式に許可が下りているとのことで、既に学内にも周知されている様だった。目立ちたい奴は自己責任でガンガン映り込めという宇髄らしい振りにクラスが盛り上がる中、は覚悟を決めた。

天神杯を制して以来、学内でも知名度が上がって来ていることは理解できているし、それは学内に留まらず大会に行く先々でも感じている。年度初めにして最も規模の大きなトーナメントだ。中学三年で王座を得たに対する視線は、やはり今までとは少し違って来る。緊張感と共に感じるのは、確実に目的に向かって前進出来ているという喜びだ。宇髄もの知名度と外からの関心度を理解してくれているからこそ、この企画を通してくれたのだろう。

この機会を上手に使わずしてどうすると気合いを入れるに対し、宇髄が当日のリポーターとして紹介したのが報道同好会であり、一年先輩の甘露寺蜜璃だった。学内でもその多才さと愛らしさから人気を誇る蜜璃がリポーターとなってくれれば、きっと良い配信となる筈だ。
こうして今日直前の打ち合わせをする中でも、脱線ばかりと言いつつ蜜璃はしっかりと決めるべきことを決めてくれている。に対し、当日聞いて良いことや逆に聞いてはまずいことは無いか。の興味のあること、話が膨らみそうなネタ。リポーターとして大変に配慮の行き届いた事前打ち合わせをしてくれているのだ。は彼女に対し流石だと感心しきりだった。

「とはいえずっとカメラが回ってたら疲れちゃうし、ちゃんも文化祭を楽しめないから、配信は少しずつで不定期よ!安心してね!」
「お気遣いありがとうございます・・・あまり面白いことは言えないので、緊張します・・・」
「そんなこと考えなくて大丈夫よ!今回は、素顔のちゃんを見せて貰いたいだけだから!ちゃんのしたいことをすれば良いし、言いたいことを言ってくれればそれが一番よ!」

蜜璃の言葉は紛れもなく励ましだったが、は逆に押し黙ってしまう。
のしたいように、の言いたいことを言えば良い。
―――それは、どこまで許されることだろうか。

「・・・言いたい、こと」
ちゃん?」

難しい顔をして黙り込むを注視し、蜜璃が重大なことに気付いたように目を見開く。

「あら?あらあら?もしかして、ちゃん・・・告白したい男の子とか、いるのかしら・・・?!」
「・・・あっ・・・えっと・・・」

興奮のあまり思わず身を乗り出してきた蜜璃に両手を握られ、は狼狽えた。彼女の言う様に、単純に同じ学校の男子に告白をする様な状況であれば、どんなに良かったことか。
生憎妓夫太郎の居所は今も確実にはわかっていない。友の推理と後押しにより、恐らく隣町に来れる圏内に存在しているであろう、それだけだ。
しかしそれだけの情報が、今のの原動力として十分に働いているのだ。心配してくれる兄のためにも、友のためにも、今回のチャンスは決して無駄にしないと決めている。

「・・・甘露寺先輩、すみません」
「あっ・・・ごめんなさい、勝手に盛り上がっちゃって・・・私の早とちりね」
「あの・・・そうとも、言い切れないんですが・・・」
「えっ?!」

の目的は今も昔もたったひとつだ。素の自分を発信出来るまたとない機会を得た今、したいことも言いたいことも決まっている。
けれどそれを学校の行事として配信する以上は無難な受け答えが必要になる。に引く気が無い以上、本音と建て前を上手に織り交ぜなくてはいけない。

「・・・ご相談が、あります」

その為には、彼女を味方に引き入れる必要がある。
の真剣な表情を受け、蜜璃は思わず唾を飲んだ。



* * *



教室の隅で、彼は今日も彼女の動画を眺めている。

最初は天神杯の決勝動画ばかりを繰り返し眺めていたものだが、次第に同じ天神杯の準決勝以前のものを見る様になり、今となっては彼女の名で検索をかければ幅広く大会を網羅出来るということを学習済だ。
決まって鬼の面を被り登場し、場の空気を完全に支配した上でその面を外し凛とした表情で舞台上を駆け巡る。力強いのは文字だけではなくその目力、気迫、彼女の全てが強く彼の目を引き付ける。

以前、同じ学校に通う彼女の対戦相手と相対した際、初戦敗退した同級生は彼女を“何もかも持っているひと”と称した。
しかし飽きることなく繰り返し彼女を見ている内に彼は思うのだ。果たして本当にそうだろうか、と。何もかも手にした人間が、こんなにも必死な顔をするものだろうか。強く凛々しいその姿の裏側に、何かに飢えた様な強烈な渇望を感じる。新たな側面に気付いて以降、彼女のことがこれまで以上に気にかかって仕方が無い。

家に帰れば妹も同じ様に彼女の姿ばかりを眺めている毎日なのだ。胸の内の騒めきも、不思議な程に画面越しに目で追ってしまうことも、最早日常と化してしまった。直接会ったことも無い存在の筈が、彼の日々の中に自然と溶け込んでいる。否、浸食されていると言った方が正しいだろうか。どちらにしても怖い女だ、と彼は僅かに口元を緩める。

そんな時だった。すぐ目の前に人の気配を感じ顔を上げる。
最近、時折挨拶をしてくるクラスメイトの光谷という男だった。誰もが彼を遠巻きにするこのクラスの中で珍しい存在だ。どうやら書道の世界に興味があるらしく、しつこく絡んでくる訳でもないこの男のことを、彼は特別跳ね除けることをせずに今日に至る。

「・・・これ、知ってる?」
「あぁ?・・・文化祭?」

或る文化祭の告知サイトが、光谷のスマホの画面に表示されていた。
キメツ学園が、彼女の通う学校名だと気付けない彼ではなかった。光谷は、彼が彼女の動画を繰り返し眺めていることを知っている男だ。それ故声をかけてきたのであろうことを察し、彼は黙ってその画面を覗き込む。

「彼女、クラスを率いてパフォーマンスするみたい。あとは・・・独占不定期配信、素顔の書道家、だって」
「・・・」

画面上には、光谷の言った通りのことが告知されていた。
今年度天神杯優勝者、立花がクラスメイトと共に挑む一度限りの演舞。噂の書道家の素顔を不定期独占配信、お見逃しなく、とある。
成程、彼としても興味が湧かない筈は無い。

「キメツ学園だと隣の県だからそんなに近くはないけど、電車で乗り継げば・・・」
「・・・中間の最終日だなぁ」

しかし、日程が問題だった。
M中学は何を狙っているのか、他の学校と主な流れに若干の差異がある。長期休みの時期も、試験期間も何もかも、少しずつずれている。
まさしく今光谷が教えてきたキメツ学園の文化祭は今週の土曜、一日限りの開催だ。同時に土曜は、M中の中間考査最終日にあたることを彼は指摘した。

彼は素行が悪いと学校中から知られている。授業は気分で出ないこともあるし、売られた喧嘩は必ず買って二度と同じ気を起こさぬまで叩きのめすのが常だ。しかし、そんな彼が何事も無く進級出来ていることには理由があった。
不良と呼ばれている彼は、その反面非常に頭が良い。
試験で良い成績を必ず残す、それ故様々なことが見逃されていることを、彼自身が一番よく理解していた。その為彼は試験だけは投げない、光谷は失念していた事態に気まずそうに俯いた。

「・・・ごめん」
「はぁ?何謝ってんだ・・・」
「いや、確認してから話せば良かったなって・・・」
「・・・別に」

何も、光谷がその様な顔をすることも無いだろう。
彼は再度視線を自身のスマホへと戻した。
立花が、今日も画面の中で凛として舞っている。

「どうせ配信するんだろ。俺は画面越しで慣れてるからなぁ」

中間考査最終日、試験は二科目。
午前中で終わる上、それぞれに終わり次第回答を提出すれば途中退室も出来る。
確か妹の学年は午後まで試験科目があった筈だ。早めに試験を終わらせて、妹が現れるまで適当な場所で配信を見れば良い。

―――それで良い筈だ。

小さな違和感が、彼の胸を棘の様に刺した。


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