目指すは頂点



夏休み前最後のホームルームは、秋に行われる文化祭に向けて最初の打ち合わせの場となった。
クラスとしてどの部門でどんな出し物をするか、まずはざっくりとした話し合いを予想していたが、まさかここまで本格的に色々決まるとは思わず、は教室に残る人数が疎らになった今も放心したように黒板の文字を眺め続けている。





中等部3年柊組 文化祭出し物
芸能ブロック 『立花(妹)の書道パフォーマンスと和太鼓隊』
(外部にむけて事前告知、当日のKIME-TUBE配信・報道同好会に人員要確認)
実演部隊隊長:素山
裏方部隊隊長:立花(兄)
学園一ド派手にぶちかませ!!!!!





勿論最後の一文は担任の手によって書き足されたものだった。
日直の手によってその文字が消されたタイミングで、前の席の狛治が振り返る。実演部隊のメンバー全員と連絡先を交換するまでに時間がかかってしまったが、その間も飽きることなく黒板を凝視し続けていたには苦笑を浮かべるしかない。

「おい、大丈夫か?」
「・・・大丈夫だけど・・・まさか、こんなことになるなんて」

文化祭は展示・芸能・模擬店の三つに分かれたブロックから一つを選択しクラスで参加するのが決まりであり、大体人気があるのは展示か模擬店である。芸能は準備期間を多く取らねばならない上、クラスの意向がひとつにまとまっていなければ難しいジャンルであるからだ。例年熱く燃えて団結するクラスも勿論いるが、そう多くは現れないのが現実だ。

柊組も無難に展示だろうかとぼんやりしていたところ、まさかの自分を中心としたパフォーマンスが決まってしまうだなんて考えてもみなかった。
今にも砂となりそうな妹の姿に、後ろの席から兄が身を乗り出すようにその肩を支える。

「ほ、本当に良いのかな、折角の文化祭なのに、私の書道の横で演奏とか・・・皆不満とか無いの・・・?」
、皆納得した上で賛成していましたよ。大丈夫です。このアイディアは私もちょっと思いつきませんでしたけど・・・狛治殿、ありがとうございます」

驚くべきことに、この発案者は狛治であった。
展示や模擬店の無難な案が黒板に書き連なる中、前の席の彼は手を真っ直ぐ上げて言ったのだ。芸能ブロックの出し物として、立花の書道パフォーマンスを前面に出した、クラスによる演奏はどうか、と。瞬間自分の耳を疑ったであったが、教室が一瞬の静寂の末歓声に沸くという予想外の事態に更に目を丸くすることとなった。

天神杯を制して学園に大々的な垂れ幕が掛かって以降、狭き世界だったその競技名は学園中に知られることとなり、これまで学園内では知る人ぞ知る存在だったの知名度は急上昇した。
中等部三年の成績優秀な双子の片割れはどうやら何かしらの有名人らしい、程度だった認識が、今や知らない先輩後輩からも挨拶や応援をされるほどだ。の強烈な気迫は、一度見てしまえばこれまで興味の無かった生徒たちの関心をも引くに至るものだった。

それをわかっていて発言したのだから、そう反対はされないだろうという自信が狛治にはあった。主題が書道のパフォーマンスと演奏である限り、裏方も一定数必要な編成となるのだから、何も全員が表に出る必要は無く苦手な者は裏方へ回れる。
目論見通りすんなりと決まった議題に幸太郎は感謝している様だったが、何も兄妹のためだけに考えたことではない。

「別に。立花を広告塔にすれば人も集まるだろうと思ったし、お前の演技を傍で体感出来る機会もそうそう無いからな」

やはりの演技を一度直接見た身としては、あの緊張感をより近くで感じたいという欲が出てしまうものだ。同じ舞台で演奏という形ではあるが、ある種の共演が出来ると言うならば是非体感したい。
加えて、に憧れる自身の婚約者も、学内で彼女の演技を直接見れる機会が出来ることは間違いなく喜んでくれる筈だ。狛治もそうした気持ちあってのことなのだから、一方的に感謝されるのは少し違う。
しかし、未だ放心した様な顔をしているには気合いを入れさせなくてはならないだろう。

「宇髄先生もかなり乗り気だったし、外部への発信も出来そうだ。これを利用しない手はないだろ、立花」

何に、とは言わずとも通じることだった。
と幸太郎が果てしない時間をかけてとある兄妹を探していることを知ったのはつい先日のことだが、協力を約束してから狛治なりに出来ることを考えたのだ。例え小さなチャンスであろうとも細かく拾い、の姿を発信する機会を増やす。些細な可能性でも繋げれば何か形を成すことも、きっとある。
呆けている時間は無いぞと狛治が軽く肩を叩くと、ようやくの頬が緩んだ。困ったように眉を下げつつも穏やかに笑う、普段通りのの表情だ。

「・・・ありがと、素山くん。実演部隊の隊長まで引き受けてくれて・・・本当に、心強いよ」
「舞台自体が成功するかは、今後の努力次第だがな。素人の俺たちがまともな演奏を出来るようになるかまでは保証できないぞ」
「きっと大丈夫ですよ狛治殿、宇髄先生も言ってたじゃないですか、頼れる指南役を紹介して下さるって」

途中まで半分寝ていた宇髄は、のパフォーマンスの路線で教室が沸いた途端に覚醒した様で、相当乗り気で助言をくれた。の演技に合わせるならば和太鼓が良い、本気で頑張るつもりがあるなら指南役に伝手があるという宇髄の発言から和太鼓隊は結成されたのだ。爆発演出は無しで願いたいというの不安は他のクラスメイトから投げられることとなり宇髄は瞬間臍を曲げた様だったが、それでも派手好きの彼は前向きに色々な協力を約束してくれた。

やるからには目指すべきはトップ、芸能ブロック優勝を目標に掲げ盛り上がったところで三年柊組はホームルームを終え、夏休みを迎えたのだった。
実演部隊の隊長は言い出した者として引き受ける覚悟は出来ていたし、狛治自身今から少し楽しみなことでもある。裏方部隊を仕切るのが幸太郎ならば、色々な打ち合わせも滞りなく進め易いだろうし安心だ。

「・・・まぁ、俺なりに楽しませて貰うさ。夏休みの間に宇髄先生の紹介で先に先方へ挨拶に行く予定だが、その時は」
「行きます、絶対行く!日取り決まったら教えてね」
「わかったわかった、恋雪さんにも話を通すからな」

夏休み中に出かけることとなれば、恋雪もきっとに会いたがる。先方さえ良ければ付き添いで連れて行くことも可能だろう、そうした意味で狛治は彼女の名を口にしたのだけれど。
幸太郎が何かを察知したかのように、遠い目をした。

「・・・恋雪殿、と狛治殿が舞台で共演なんて、色々な意味で卒倒してしまいそうですね・・・」
「おい、不吉なことを言うんじゃない」


* * *



放課後の校舎は夏休みを控えた生徒たちの明るい活気に満ちており、普段なら鬱陶しい暑さも今日ばかりは陽気な空気の盛り上げ材料だ。
すれ違う生徒たちからの挨拶に応えつつ、宇髄は上機嫌で廊下を進む。自身のクラスの文化祭の出し物が、思いもよらず派手で面白そうな題材に決まったためだ。最初に出た案が展示だった時点でつまらないと眠気に誘われたものだが、なかなかどうして、素山狛治は見る目がある。

一年紅葉組に婚約者を持つという有名な生徒であるが、同時にと三年連続のクラスメイトでもある男だ。婚約者と立花兄妹の四人で連れ立っているところも何度も目にしているし、実際に仲も良いのだろう。
の知名度が学内外共に上がって来ている今、文化祭はその武器を活かすには最高のタイミングと言える。盛り上がるのは間違いないし、派手なパフォーマンスで入賞も十分狙える上、探し人のために名を広げたいというの願いにも恐らく貢献できる。
良い事ずくめな展開に頬の緩みが止まらず、宇髄は口笛でも吹きたくなるような心地で視線を投げた先に見知った顔を見つけた。

「お。丁度良いところに・・・おーい、甘露寺」

桃と緑のグラデーションカラーを揺らし歩く生徒が、その呼び声に気付き振り向く。
ぱっと嬉しそうな笑みを浮かべる甘露寺蜜璃は、宇髄が顧問を務める美術部の生徒だ。

「宇髄先生こんにちは!今日も派手派手ですね、素敵です!」
「当たり前だろうが、学園一の色男だぞ」
「ふふふっ」

宇髄も認める美術センスの高い彼女は軽口も慣れたもので、一連の流れも気分が良い。この細腕でなかなか根性のある蜜璃は、構内でも数多くの部活動・同好会をかけもちする生徒のひとりだ。

「お前美術部以外にも色々かけ持ちしてたよな?報道同好会は・・・」
「あ、はい!参加してます!ただ最近なかなか活動の場が無くて寂しいんですよね。素敵なことを発信できる良い同好会なのに・・・」

狙い通りの満点解答に、宇髄の整った顔がニヤリと不敵な笑みへと変わる。利用できそうなことは全て有効に活用する、普段から近しい生徒ならより自由度も増して面白いことが出来そうだ。

「よぉし、弱小同好会にこの宇髄様がド派手な活躍の場を提供してやろう」
「え?何ですか?ドキドキします・・・」

わくわくと楽しそうな表情で見上げてくる蜜璃へ、宇髄は距離を詰め声を潜める。

「舞台は秋の文化祭、噂の書道家・立花の密着配信を担任直々に許可する」

折角の文化祭なのだ。
その青春、ド派手に打ち上げなければ意味が無い。



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