三年柊組の初日



立花
立花幸太郎。

貼り出された三年柊組の名簿に兄妹の名が並んでいることに気付き、二人して明るく顔を見合わせあった。

、初めて同じクラスですね」
「うん!ふふ、なんか変な感じだね」

中等部最終学年にして、兄妹で初めてクラスが同じになった。普段からほぼ一緒にいても、クラスが一緒というのはまた違った特別感がある。二人が仲の良い兄妹だからこその感覚だったが、今年度は特別良い一年になりそうだ。そうして揃って教室へ向かおうとしたの目が、瞬間掲示板へと戻る。

やはり、今年も彼とは縁がある。
兄妹の上に載っていた素山狛治の名を確認して、は小さく笑った。








クラス替えをして最初の席順は、大抵名前順だ。素山の「そ」と立花の「た」が並んでいる以上、結構な確率で並びにはなると思っていた。
やはりの前の席に座っていた狛治が、二人に気付いてこちらを振り返る。

「・・・おはよう」
「おはよう、素山くん。今年もよろしくね」

二人はこれまでも二年連続で同じクラスになり、最初の席はこうした前後の並びだった。小さな予感めいたものはあったものの、そこに兄も加わるとは嬉しいことだ。の後ろの席に荷物を置いて、幸太郎が感心したように目を丸くする。

「狛治殿は三年連続でと同じクラスですか。凄い偶然ですね」
「まぁ、そんな気はしてたんだがな。二度あることは三度ある」

どうやら狛治の方も同じような予感は覚えていたらしく、何やら可笑しくては笑う。

狛治は二人にとって良い友人だ。公欠時のノートで頼りにさせてくれる件もあるが、それを抜きにしても彼は根から誠実で、接していて心地が良い。演舞祭に招待してからは更に話す機会も増え、口数自体はそう多くはないものの、友人として調子を気にしてくれるような素振りは素直に嬉しいものだ。
狛治が三年に進級したと言えば、自然に連想してしまうのは新一年生の華奢な少女のことで。キラキラとした眼差しの愛らしさを思い返しながら、は若干前へと身を乗り出した。

「恋雪ちゃんは?何組だった?」
「一年紅葉組だ」
「そっか、あとで挨拶に行っても良いかな?」
「構わないが・・・多分、恋雪さんの方から来ると思うぞ」
「え?」

思わぬ返答に、おやと小首を傾げると。狛治はこちらを振り返り、優しい苦笑を浮かべて見せた。
ああ、この顔は彼女のことを考えている。何故かぼんやりと、はそんなことを考えた。

「一緒にクラス分けを見たんだ。お前も幸太郎も俺と同じクラスだと知って、やけに嬉しそうな顔をしていたから。多分、昼にでも顔を出すと思う」




さんも立花さんも一緒ですね・・・狛治さん、お昼に少しだけ伺っても良いですか?私、ご挨拶がしたくて』




本当は、恋雪から昼に挨拶に行っても良いかと聞かれ、狛治の独断で承諾していた。あのように嬉しそうな顔をして見上げられてしまえば否など言える筈もなく、恐らく友人兄妹はそれを受けてくれると見越してのことだった。

恋雪はあの日からの姿を繰り返し思い返しては勇気を貰っている様で、更には四月から同じ学校で距離が縮まることを大層喜んでいた。彼女のへの憧れの強さは若干妬けるほどだったが、狛治としては恋雪の喜ぶことは全面的に推してやりたい。
加えて、と幸太郎の兄妹は狛治にとっても良い友人なのだ。恋雪も交えて良い交流が出来るなら、それもまた悪くはない話だ。

「あれから立花の話ばかりしてる、嫌じゃなければ仲良くしてやって欲しい」
「嫌な筈ないじゃない、ちょっと照れるけど嬉しいなぁ。恋雪ちゃん可愛いから、まるで・・・」

嫌でなければだなんて、そんな遠慮をしないで欲しいとは笑った。
嫌な筈が無い。あんなにも愛らしい少女に慕われて、嬉しくない筈が無い。
まるで、可愛い妹が出来たよう。
そう言いかけて、は言葉を飲み込んだ。

脳裏に、お姉ちゃん、と鈴鳴りのような軽やかな声がしたためだ。

「立花?」
「・・・ううん、何でもない。ごめん」
「よーお、席着けー」

そのタイミングで教室の扉がガラリと開き、会話は中断される。
助かった。正直にそう感じながら、は正面を向いた。
担任の男は相変わらずの恰好をして出席簿を教壇へ投げるなり、腕を組んでこちらを見下ろしている。
宇髄天元。と狛治にとっては一年時に続き、二度目の担任となる美術教員だった。

「てめぇら柊組の担任はこの俺だ、面倒見てやるから黙って従え」
「・・・輩先生言い方」
「あぁ?言いてぇことははっきり言えや!地味なのは一番良くねぇぞ!」

ボソリと呟かれた一言に盛大に怒鳴り散らし、噛んでいたガムが膨れて破裂した。相変わらずの自由さには小さく苦笑を漏らしてしまう。これは背後の兄は恐らく同じ苦笑を浮かべてしまっているだろう。
するとその視線を感じたのか、宇髄の目が達兄妹へと向けられた。

「おー、立花兄妹が揃ってるんだったな。俺は基本、お前らの派手な学外活動推奨派だからよ。公欠の時は・・・」
「・・・ノートは俺がやります」
「話が早くて助かるぜ素山。あと、去年立花兄と同じクラスだった奴らは気になってることだと思うが・・・」

手早く達の公欠の件を片付け、宇髄が次の話題を出した途端、クラスの一部の生徒が青ざめて息を呑む気配がした。全員漏れなく、昨年度幸太郎と同じクラスだった生徒たちである。

話を振り返ると、幸太郎のいた二年銀杏組の担任が伊黒小芭内だったことから悲劇は始まる。
幸太郎は1年時より学年首位の成績を誇る優等生であり、筆記試験は満点が常であった。
満点。一問も漏らすことなく、満点である。
非常に優秀な生徒が在籍している。それ自体は学園として誇らしいことであるが、伊黒個人としては何とか満点を阻止したい欲に駆られる存在だった。幸太郎が満点を取れば取るほど、その優秀たる幸太郎さえ唸らせる程の難問を出してみたいという、化学人としての欲だ。どこまで幸太郎が応えられるのかを試したいという期待の裏返しでもあったが、他の生徒にとってはとんでもない巻き添え大事故だった。
化学教師のクラスという偶然の罠に嵌ってしまった二年銀杏組は毎週の小テストに苦しめられ、時が経つ毎に難問化し幸太郎以外は誰も点数が30点以上取れないという地獄を生き抜いた。
結局一問も落とすことはなかった幸太郎に対し、伊黒は何か吹っ切れた様な表情でなかなかやるなと満足気に言いつつ、ところで他の連中は一体何を勉強している?と冷たい視線を他の生徒たちへと向けた。旧銀杏組の生徒たちは今その瞬間を思い出して青ざめているのだ。
幸太郎自身はただただ、申し訳無さそうな顔をして遠い目をしている。その様をぐるりと一通り眺め、宇髄が豪快に笑った。

「ド派手に安心しやがれ!担任権限で全科目小テストは内容もタイミングも他のクラスと一律だ、俺は好き好んで赤点祭りなんざしたかねぇからなぁ!満点で結構!立花兄は気にせずガンガン点取りやがれ!」

一瞬の静寂の末、教室は拍手喝采に包まれる。
事情を知らなった生徒たちにも事の次第が伝わり、それはめでたいと旧銀杏組の生徒を労う声まで上がり始める始末だったが、それすら宇髄は楽しんでいるようにも見えた。

「やっ・・・た・・・!!!!」
「宇髄先生神ィ!!!」
「良いぜ良いぜ!もっと崇め奉れ!」

もはや収集のつかない混沌と化した教室の中、兄が安堵したように机へ突っ伏す気配にが振り返った。

「・・・面目ない」
「いや、お兄ちゃんが悪いわけじゃないからね」



* * *



下校の時間に兄妹二人して並んで歩く。
何時にも増してあっという間の一日に感じ、どちらともなく顔を見合わせ笑ってしまう。

「初日から濃い一日だったねぇ」
「ふふ、本当に」

あれから狛治の予告通り、昼休みに恋雪が遊びに来た。
制服を着た恋雪も大変愛らしく、たちは一様に頬を緩めてしまったものだが、恋雪もまたと同じ制服を着れることが嬉しかったらしく、は照れ臭さから若干汗をかく羽目となった。

そこまでは至って穏やかな展開であったのだけれど、問題はそこからだった。噂のモテ男素山狛治と特別親しげな新入生の登場に、女子たちが騒つかない筈もなく。
事態を収めるため狛治が堂々と言ってのけたのだ、親公認で結婚の約束をしている、と。

色々な意味で阿鼻叫喚の竜巻が構内を駆け巡り学内は衝撃の事実に震撼したが、本人たちがあまりにお似合い過ぎるため誰も何も言えない。親も公認なら尚の事だ。
何にせよこれでスッキリしたと狛治は溜息をつき、恋雪もまた恥ずかしがってはいたものの幸せそうで。決して踏み込むことの出来ない微笑ましい空気に、と幸太郎は目を合わせ苦笑を交し合ったのだった。

「恋雪ちゃん制服似合ってたなぁ。まぁ一部の女子にはお気の毒かもだけど、どうせ知るなら早い方が傷が浅いよね」
「あー、それは恐らく男子もでしょうね。早速恋雪殿のファンクラブが出来かねないほど話題と聞きましたから。阻止できて狛治殿も安心されたのでは」
「ふふっ、間違いない」

肩を揺らして笑い、ふとの足が止まる。

「・・・お兄ちゃん、心配してくれてありがとうね」

今日一日、特に恋雪が現れてからずっと、幸太郎が気遣ってくれていることに気付けないではなかった。
先日の演舞祭の後でのことを気にしてくれているのだろう、兄の優しさはさり気なくを支えてくれた。
数歩先でこちらを振り返る幸太郎の表情は、やはり気遣わしげな色で満たされていて。は苦笑を浮かべた末、両手で小さく音を立てて自身の頬を軽く叩いた。

「やっぱりちょっと後ろ向きなこと考えちゃう時もあるけど、多分大丈夫。今日の二人を見てたら、なんか気持ちが晴れた感じ」

両家の親公認で、結婚の約束をしているのだと。堂々と恋雪の隣に立つ狛治の姿が、今も目に焼き付いている。
誰もが目を丸くする中、それが当然のように二人は寄り添っていて。ああ、素敵だなと、は素直にそう感じたのだ。
妓夫太郎と会えない限り、どうしたって小さな棘は抜けてはくれないだろうけれど。あれだけ真っ直ぐな姿を見てしまっては、二人を心から応援したい気持ちの方が遥かに勝る。

「素山くんと恋雪ちゃんとは、これからも仲良くしたいし。妬むばっかりじゃなくて、目標にするの。私もはやく、会いたい人の隣に並べるように頑張るぞって」

いつか、あんな風に二人で並ぶことが出来たなら。
未だ何の手がかりも無い状態でそれを願うことは、馬鹿げたことかもしれないけれど。
は幸太郎に向けて、精一杯の笑顔を向けて見せた。

「あんまり泣き言言ってたら、妓夫太郎くんに笑われちゃう」
「・・・さすが、その意気です」








そうして遠ざかっていく兄妹の背中を、すれ違いざまに足を止めて見送る影があったことに、二人は気付かない。

「・・・」

妓夫太郎。

その単語に、男は興味深そうな目でいつまでもその背中を見送り続けたのだった。



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