幸せな友人



誇張ではなく、瞳の中にキラキラと星が瞬いている。
溢れんばかりの憧れ一色の眼差しは、正面から受け止めるには眩しすぎた。

「あ、あのっ・・・とても・・・とても素敵でした・・・!!」

閉会式後の楽屋に、狛治が恋雪を連れて現れた。これまで話にしか聞いていなかった少女との出会いに、も幸太郎も大層喜んだ。
しかし、挨拶より前に興奮が先立ったのだろう。凄い熱量の光線の如きキラキラとした視線を一身に浴びることとなり、は若干たじろいでしまう。如何に今日の舞台を楽しんでくれたのかがわかる。それはとても嬉しいのだけれど、これは想定以上に可愛い上に心臓に悪い。
涼しい顔をして隣に佇んでいる狛治に目を向け、は真面目な顔をして口を開く。

「・・・素山くん。恋雪ちゃんがここまで可愛らしい子だとは、聞いてなかったんだけど」
「ですな」
「えっ・・・えええ?!あ、あのっ・・・!!!」

幸太郎まで乗ったことで、恋雪が目に見えて慌て始める。彼女が可愛いのは間違いないが、目を潤ませてまで赤面している姿は隠したくなってしまうのが道理だ。

「・・・そのへんで止めにしてくれ、泣かせてしまったらどうするんだ」
「ふふ、失礼しました。でも本当に可愛い」

狛治が腕を組んで半歩前に出たことで、ようやく場が丸く収まった。恋雪も興奮がやや治まった様で、気恥ずかしそうに手先を合わせているが、これで落ち着いて挨拶が出来そうだ。
は新たな友人の前に進み出て、にこやかな笑みを浮かべた。

「改めまして、立花です。素山くんのクラスメイトで、公欠のたびに大変お世話になってます。こちらは双子の兄の幸太郎、同じく2年です。恋雪ちゃんの話は素山くんから聞いてます。今日は二人で来てくれて本当にありがとう」
「こちらこそ・・・!!素山恋雪です・・・私、さんのファンで・・・!!あの、今日初めて直接演技を見れて、本当に感動しました・・・!!お招きいただきありがとうございます・・・!!」
「何だか照れるなぁ・・・ふふふ」

恋雪のに対する憧れは紛れも無く本物の様で、こんなにも前のめりな姿は狛治でも滅多に見ることの無いものだ。未だ衣装のままのを目の前にして、ファンだという彼女に落ち着けという方が無理な話かもしれない。
幸太郎が狛治に話を振ったのは、ちょうどそんな事を考えていた時のことだ。

「狛治殿は、初めての書道パフォーマンスはいかがでした?」

がステージ上に現れた時の、鬼の面を被った姿から放たれる緊張感を思い出す。
面を外してからも、音に合わせ巨大な筆を手に飛んで舞い踊る姿からは気迫が溢れ、普段のおっとりとしたと同一人物とは信じ難いような気持ちになったものだ。狛治は素直に感心した。これまで彼女をただのクラスメイトとしてしか認識せず、演技を目にしてこなかったことを後悔した程だ。恋雪がの凛々しい姿に憧れると言うならば、狛治は彼女の武道家にも通ずるプレッシャーのかけ方に感銘を受けたのだった。やはり、今級友からの感想を聞こうと微笑んでいるは、先ほどまでの彼女と結びつけ辛いのが正直なところだけれど。

「度肝を抜かれた。立花が有名なのは知っていたが、まさかここまでとは・・・正直、お前と一度手合わせしたいくらいだ」
「えっそれは・・・あの、狛治殿、は剣道の嗜みはありますが武術の心得は無いので、怪我をしてしまいます、何卒・・・」
「お兄ちゃんてば何言ってるの、素山くんの冗談だよ」
「・・・」
「・・・え?冗談だよね?」

一瞬、四人の間におかしな空気が流れる。
それを破ったのは、堪えるような小さな笑い声。

「・・・ふふっ」

恋雪が肩を震わせ、頬を赤くして小さく笑っている。愛らしい恋雪のそんな様に癒されるような心地がして、三人は暫し目を細めてしまう。
良かった、狛治が若干真剣な様な気がしたのは気のせいだ。はそう自身に言い聞かせ、小さく音を立てるように手を合わせた。

「まぁとにかく、今日は招待出来て本当に良かった。大会ってちょこちょこあるんだけど、大体平日が多いから学校の人はなかなか呼べなくて・・・」
「そうですね、例年この演舞祭は休日開催なのですが、他の大会は・・・うーん、この先も平日続きですね」

そう言いながら、幸太郎が素早く手帳を捲って見せる。披露する場自体はそこそこの数があるのだけれど、生憎どこも平日開催がほとんどだ。すべて休日開催ならばたちも公欠する必要が無いし、狛治にノートの面倒をかける必要が無くなるのだけれど。それゆえ今日の様な場は稀なのだという現実に、恋雪が淋しげに肩を落とす。

「そうですか・・・煉獄先生の仰る通り、一度現地で見てしまうと次回以降が辛いですね」
「え?あっ・・・そっか、二人の席は先生のご一家と並びで取ったんだったね」

煉獄の名が突然出たことで、は思い出した様に頷いた。
平日開催の際は槇寿郎と瑠火のみを招待しているものだから失念していたが、狛治は突然煉獄と顔を合わせることになり驚いたのではないだろうか。彼が師事している夫婦の家族であることを事前に話しておくべきだったと、は内心で反省する。

「楽屋には寄らずに帰った様だぞ」
「うん、いつもそう。帰りに直接ご自宅に寄ってご挨拶するつもり」

狛治は特別気にする素振りも無さそうで、は小さく安堵した。実際に煉獄家は会場で楽屋を訪ねて来たことはなく、帰宅後に先方の道場で挨拶と共に反省会をするのが常だ。今日もその予定だとは狛治に話すと、そうかと一言返事が返ってきた。

そんな二人を見遣り、幸太郎は未だ小さく落ち込んだ様子の恋雪へ目を向ける。話が逸れてしまったが、彼女は今後の活躍を直接見る機会の少なさに肩を落としているのだ。よほど今日の舞台の臨場感を楽しんでくれたのだろう、ネット中継ではこうはいかないので、気持ちはよくわかる。
兄として、妹の活躍をこうまで熱心に応援してくれる存在を無碍にするのは忍びないし、何と言っても彼女は世話になっている狛治の大切な人と聞く。

「恋雪殿。宜しければ、関係者席からのアングル動画を毎回残していますので、ご興味があれば、次回以降それならお渡し出来ますよ」
「えっ・・・?!」

思いもよらぬ方向からの吉報に、恋雪の目が輝き見開かれた。その光線の如き眩しさに苦笑を漏らしつつも、幸太郎は提案を続ける。

「直接の臨場感には劣りますが、ネットで中継されるものよりかは良い眺めで見返せるかと。煉獄家の皆さん宛にも、毎回お渡ししているんですよ。ふふ、外には出回らないものですから、取り扱いにご注意いただきたいところですが」
「も、勿論ですっ!!お約束しますっ!!」

恋雪の喜び具合は凄いものがあり、幸太郎は若干押されながらも無事約束を取り付けた様だった。
成程、一度現地で見たら最後ネット中継は見れないという煉獄の発言の裏には、こういった抜け道があったという事だ。しかし煉獄家はの師事の関係で特別なのだろうが、それを恋雪にまで向けて大丈夫なものだろうか。狛治は若干申し訳無さそうな顔をしてを見遣った。幸太郎の気遣いは大変有難いし、恋雪が喜んでいるのは狛治としても勿論嬉しいけれど。

「・・・立花、良いのか?」
「うん、素山くんには本当にお世話になってるし、恋雪ちゃんなら特別オッケー。良ければ素山くんも見てね」
「・・・そうだな、有難く楽しませて貰おう」

恋雪には聞こえぬ様小さく囁いた言葉に、もまた小声で返答を返してきた。狛治とて、今日の舞台を通してこの世界の奥深さを思い知ったのだから、外に出回らないアングルの映像は有難い。ノートの縁あってのことだが、この友人兄妹には感謝しなければ。
不意に、そこで狛治はに報告すべきことがあったと思い至る。

「そうだ、立花。今日恋雪さんが、例の進学祝いを身に付けているんだ」
「えっそうなの?どれどれ?」
「そうでした、さんが狛冶さんにお店のアドバイスを下さったそうで・・・」

恋雪がにこやかに微笑み、に側面を見せる。
そのまとめ髪に差し込まれた、贈り物。

「・・・・」
「素敵な簪をいただきました」

簪を選んだ、とは狛治から聞いて知っていた。
知っていた筈が、いざこうして目にすると。
どうしようも無く、胸に迫るものがある。

「うん、恋雪ちゃんにぴったり。さすが素山くん」

は懸命に、普段通りの笑みを象った。



* * *




廊下の突き当たりで、狛治と恋雪はこちらを振り返った。狛治は小さく片手を上げ、恋雪は深々と一礼をしてくれたため、と幸太郎は揃って大きく手を振ることで別れの挨拶に代えた。

そうして二人が角を曲がるその瞬間、その手がそっと繋がる瞬間が見えてしまう。

途端にもやもやとした気持ちを覚えてしまう自分自身が嫌になり、は小さく俯いた。兄に優しく背を押されるようにして楽屋へと戻ると、もう他の参加者は誰も残っていなかった。
幸太郎は何も言わず、ただ静かに後片付けをしてくれる。優しい兄に気を遣わせていることに、は余計に自身への嫌悪感を募らせてしまう。

「・・・お兄ちゃん、私嫌な顔してなかった?」
「大丈夫です、ちゃんと対応出来ていましたよ」
「そっか・・・良かった」

良かった。あの微笑ましい二人に、こんな濁った胸の内は知られたくはない。幸せで満たされた狛治と恋雪には、ずっと二人で優しい世界の中にいて欲しい。

「私、嫌なやつだよね・・・素山くんには、本当にお世話になってるし、恋雪ちゃん、良い子なのに・・・二人のこと・・・妬ましい、だなんて」

二人を見ていると否応なく思い出してしまう、一度手に入れた筈の幸福な記憶。十年の感謝にと、突然贈られた青い簪。手を伸ばせばすぐ近くで、繋ぎ返してくれた優しい手。心から慈しんでくれた、たった一人のひと。
今はどこにいるのか、存在しているのかもわからないひと。

「・・・、大丈夫です。二人で頑張れば、きっと縁が繋がります」

途方もない不安にが目を伏せると、幸太郎は諭すような言葉と共に優しく頭を撫でた。
兄は昔からいつもこうだった。が不安や焦燥にかられる度、穏やかな声で落ち着かせてくれる。一人では耐え切れないような遠い旅をしている気分だ。けれどには、いつだって幸太郎という兄が寄り添ってくれている。

「またきっと会えます、信じましょう」

ね、と微笑みかけられ、は小さな苦笑と共に一度頷いて見せた。
何度も揺らぎ、何度も折れそうになっている。その度に兄に支えられながら、は前進を続けるのだ。

会いたい。その願いが叶うことを、兄妹は信じている。



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