或る兄妹と演舞祭









※第3部は現代のお話です。 緩くキメ学の設定で、記憶のある人・ない人が混在しています。











受付で渡されたゲストカードは、関係者と印字されている。

狛治はおやと小首を傾げ、傍の恋雪が早速首からかけているカードの文言も同じであることを思わず確認してしまった。
関係者。確かに招待を受けて来たのだから間違いは無いだろうけれど、全席指定の国立体育館なのだから、招待して貰えるならば後方座席でも充分有難い話と思っていた。用意されたチケットは勿論関係者席となっている、何もそこまでしなくとも。世話焼き気質なクラスメイトの顔を思い浮かべ、狛治は小さく溜息を吐いた。

「すごい人ですね・・・」
「そうですね、全国中継されるそうですし」

書道パフォーマンス演舞祭と書かれた巨大な横断幕を見上げ、狛治と恋雪は感嘆の息をついた。

今日こうして二人がやって来たのは、全国の中高連盟で年間複数回開催される書道パフォーマンス大会において、団体・個人各部門の成績上位者のみが参加する年度末の祭典である。年に一度、全国の猛者が集う華やかな催しということで、会場は開演前から独特の熱気に満ちていた。大きな祭典とは聞いていたが、会場がこの様な雰囲気とは実際に来なければわからなかったことだ。
華やかな祭の雰囲気と共に、何故か武道の昇段審査に似た緊迫感も感じてしまい、狛治は気を引き締めて恋雪の手を握った。この華奢な身体が人波に攫われでもしたら大変なことになる。

「行きましょう、逸れないで下さい」
「・・・はい」

素山狛治はキメツ学園中等部2年桃組の生徒で、招待主であるのクラスメイトであった。
二年連続で同じ組となった彼女は、小学生の頃より書道パフォーマンスの世界で知られるちょっとした有名人だ。幼い頃から個人の部で数々の賞を取り、かつ成績も決して落とさないは、学園でも特別枠として大会出場の際の公欠を認められている。

狛治は公欠時のノート担当だった。入学して最初の公欠時に偶然担任の宇髄と目が合ったことから指名を受け、更には張本人であるからノートを絶賛され、次回以降もどうかどうかと拝み倒され今に至る。コピーを取らせるだけで別段何の工夫もしていないノートだったが、は狛治に大変感謝している様で、何かお礼をさせて欲しいと度々言われていた。

は狛治にとって特別馴れ馴れしくもなく、友人として適切な距離感と親密さのバランスが取れた女子だった。丁度恋雪への進学祝いで悩みを抱えていたため思い切って相談をしたところ、かなり詳細な恋雪の好みの聴き取り調査を受けた上、厳選された店のリストと手書きの地図を渡された。リストと地図のみ渡して一緒に行かないところが、彼女なりの気遣いに思えて有難かった。結果、リストの中の店で良い簪が買えたし、恋雪は大変に喜び早速今日それを身に付けている。狛治はに大変感謝した。

隠すほど後ろめたくも無いため恋雪にはからアドバイスを貰ったことを話したところ、なんと彼女がのファンであることが発覚した。年が二つしか違わないにも関わらず活動的で凛々しいの姿に憧れ、恋雪はネット中継を度々見ているとのことだった。活動的はともかく、凛々しい?と狛治は普段の穏やかなクラスメイトのことを考え首を捻ったが、の演技をネット越しにでも見たことの無い狛治には判断のしようがない。簪の礼がてら次の大会の予定を何気無くに聞いたところ、あれよあれよという間に今日二人分の関係者席が用意される運びとなったのである。やり過ぎにも思えたが、恋雪がとても喜んでいるので結果的には良かった様な気もする。在学中のノート担当は自発的に継続しようと内心で決意をし、狛治は恋雪の手を引いて関係者席を目指した。

目的地はステージを真正面から見下ろせる絶好の位置取りだった。席番を確認しつつ進むと、まさにど真ん中といった二つの座席に辿り着いた。これはいよいよ返礼を考える必要がありそうだ。そうして息をついた狛治は、ふと隣の席を占める毛色の並びに目を奪われた。

「・・・煉獄先生?」

明るい炎の様な髪色が三人並んでいる。真ん中に掛けているのは、歴史の担当教員だった。

「む!素山ではないか!こんにちは!」
「・・・どうも」

相変わらず声が大きい。けれどこの会場の騒つきの中にあっては、大して目立ちはしなかった。思いもよらぬ所で教師と遭遇して狛治は肩を揺らしたが、学園の人間に恋雪を紹介するには良いタイミングだった。

「先生、俺の幼馴染の素山恋雪です。春から中等部に入学します。恋雪さん、歴史担当の煉獄先生です」
「は、初めまして・・・素山恋雪です」
「初めまして!来月からよろしく頼む!どちらも素山なのだな、覚え易くて良いな!」

そうだろうか。しかしこの教員はいつもこうであることを知っている手前、狛治はそれ以上何も言わず恋雪に席を勧め、自分も荷物を抱えて席に着いた。
改めて見渡すと、ステージが近い上に会場中の熱気が有り有りと伝わってくる席だ。不思議な高揚感に、開演前だと言うのに狛治と恋雪は思わず息を呑んでしまう。特に狛治はこの緊張感が嫌いではないため、自然と背筋が伸びた。
そんな時だった。隣の席からの視線を感じ、狛治はつられる様にそちらを見上げた。歴史教師と同じ髪色の男性が、こちらを見下ろしている。

「・・・君は、武道の嗜みが?」
「え・・・はい、武術の道場に」
「そうか。すまない、そんな雰囲気がしてな」

厳しそうな声だったが、最後は柔らかく濁して終わる。そうして声をかけてきたということは、この男性も武道家ということなのだろうか。狛治の疑問は、頼まずともひとつ向こうの席から回答を得ることとなる。

「俺の父だ!剣道の師範で、彼女の師でもある!このチケットも、師弟の家族特典で用意して貰ったものだ!」
「・・・え?」
「杏寿郎・・・」

彼女というのは、のことで恐らく間違い無い。煉獄の父というこの男性がの師にあたると言われ、狛治も恋雪も目を丸くしてしまう。
少年少女からの驚きの眼差しを受け、彼は居心地悪そうにひとつ咳払いをした。

「正しくは、妻があの娘の師だ。私は体力作りの手伝いに過ぎん」
「はぁ・・・」

煉獄の二つ向こう側の女性が会釈をしてきたので、狛治と恋雪もそれに倣う。彼女が煉獄の母だろう。どちらの主張が正しいかはともかく、が煉獄家の両親と関わりが深いのは間違いない様だ。四人家族を招待しているのも、そういった理由からなのだろう。

「素山は彼女と同じクラスだったな、彼女の演技を見た経験は?」
「いえ、初めてです」
「そうか!では、心して刮目する様に」

表情こそ普段通りの笑顔だが、煉獄の言葉の真剣度合いが増した。

「彼女の演技を一度直接見たら、ネット中継は見れなくなるからな」

緊張感の高まりを感じ、狛治と恋雪は同時に頷いた。



* * *



彼女は、後半を過ぎたあたりで登場した。

場内アナウンスと共に、照明が絞られる。
拍手の音と共に細いスポットライトの下に躍り出たのは、鬼の面を被った袴姿の少女だった。身体の大きさに見合わないような巨大な筆を細い片腕で抱え、姿勢を低くしてぴたりと動きを止める。途端、会場中に奇妙な緊張感が漂い、拍手が止んだ。
一秒が何倍にも感じられるような圧は、琴の前奏が鳴り始めた瞬間に緩められる。軽やかに舞いながらステージ中を駆け巡る彼女の疾走感に、会場中が視線を引きつけられた。
小柄な身体が、音がかかった途端に随分大きく見える。恐ろしげな鬼の面がその存在感を強めているのかもしれず、アンバランスさもまた絶妙で目が離せない。ステージ中央へと駆け戻った彼女が、俯いた状態で再度動きを止める。伴奏が止み、その手が面へと掛かる。

鬼の面が外され、の顔が露わになると同時に照明が明るくなり、賑やかな楽曲が響き渡る。序盤にも関わらず場内が拍手喝采に包まれる中、の演技本番が始まった。



* * *



《中学個人の部、今年度第一位。キメツ学園中等部2年、立花さんの演技でした》

場内アナウンスと拍手の音を遠くに聞きながら、はステージの入退場口から専用通路へと入った。
会場から見えなくなるその瞬間まで伸びていた背筋から見る見る内に覇気が無くなり、大きな疲労感にふらつきながら楽屋を目指していると、道中で横から大きなタオルケットに包み込まれる。安心感に力を抜くと心得ているように支えられ、ストローの刺さったペットボトルを差し出された。渇いた喉に好きなメーカーの水分が染み渡り、生き返った様な心地には半目を開ける。こちらを心配そうに覗き込む優しげな瞳と、目が合った。

「どうだったかなぁ、何点?」
「今日は演舞祭なので公式に得点は出ませんが、個人的には今季一番の出来と言っても過言ではないかと。特大の花丸です」
「本当?それなら、嬉しいけど・・・。ふふ、お祭りだからって流石に張り切り過ぎたかなぁ」

少女の名は、立花

「よく頑張りましたね、

少年の名は、立花幸太郎。

「・・・ありがとう、お兄ちゃん」

二人は、前世の記憶を有した双子の兄妹である。


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