その日は迫る



『人は生まれ変わるまでに、どれくらい時間がかかるの?』

あの日、狐の面を被った梅は立花へそう問いかけた。
輪廻転生の話をしたのは、の母が亡くなった時のことだ。彼女がその話を覚えていてくれたこと、そして疑問を投げかけてくれたことに暖かい気持ちを覚え、立花は面の下で微笑んだ。

『それは、人それぞれの様です。星になって比較的すぐの人もいれば、何百年もかけて次の世を待つ人もいると言われています』

死後の世界から再び現世へ魂が導かれるまでにかかる時間は、定められてはいないと言う。死してすぐ次の命となり、前世の縁者と近しい場所に生まれる者。途方も無い時間をかけ、前回とはまるで違う時代に生まれる者。死後の魂の在り方は無数に枝分かれしているものだと、立花は認識していた。

『それじゃあ次に生まれた時、また四人一緒になれるかはわからないのね・・・』

狐の面の下、梅がどんな顔をしているのかはわからなかった。しかしその淋しげな響きは立花の胸に強く響き、彼に次の言葉を紡がせる。

『強い縁があれば、きっと』
『・・・縁?』
『確証は無いですが、お互いに強い縁と絆があれば、後の世でもきっとまた巡り会えると、そう信じたいですね』

魂が廻る周期に定めが無い以上、今共に生きた者同士が来世で再び集える可能性は限り無く乏しいと言えた。しかし、それでもこの少女が望むのならば、神は願いを聞き届けてくれるかもしれない。縁は来世も繋がるかもしれない。立花はとても満たされていた。彼女が来世の再会を望むのが、三人ではなく四人だとわかったからだ。

『梅殿がその輪の中に私も入れて下さって、とても嬉しいです』
『べっ・・・別に!なんとなくだから!先生がいないとアタシ色々教えて貰えないし!それだけだから!』

ほんの数日前に齢十三を迎えたばかりの少女は、精一杯の強がりで顔を背けて見せた。赤くなった耳が丸見えになっていることには、気付きもしない。あまりの可愛らしさに、立花はその日何時にも増して頬が緩み放題だった。








「兄ちゃん兄ちゃん、にあう?」

何度めかわからない質問の声に、立花のぼんやりとした意識が引き戻される。

手を繋いでいる弟がしきりに主張しているのは、首から吊り下げている鬼の面だ。まだ会ったことの無い少女からの贈り物を、春男は大層気に入った様で毎日身に付けていた。
おもて祭に来たのだから土産には面を、そして『鬼のお兄ちゃん』に憧れている春男には、鬼の面が良いに違いないと決めたのは梅だ。子供用の面が無く大人用で買ってしまったものだから、今の春男の頭には大き過ぎる様だったが、結果的にこうして首から下げられるよう紐で調整してやった物を弟は誇らしげに掲げている。

「ああ、とても似合っているよ。強くて勇ましい、頼もしいなぁ」
「ふふっ!梅の姉ちゃんに、はやくお礼がいいたいなぁ!」

梅の身請けまで、そして彼らがこの街に越してくるまで残り何日も無い。待ちきれないと飛び跳ねる弟の頭を優しく撫で、立花は山道からの帰路を辿る。
その刹那。

「・・・」

彼女が探し求めた物を遠くに捉え、立花が目を見開いた。




* * *



「・・・見つかった、のか?」
「そう、そうなの!!遂に!」

呆然とした妓夫太郎の声に被さるように、興奮したの声が響いた。残り僅か数日となった取り立ての仕事を妓夫太郎は未だ続けており、今日も変わらず仕事帰りにこちらへ寄ったところ、急に戸口でに飛びつかれたものだから何事かと焦ったものだ。

青い彼岸花。の念願であり、碓氷という男が探し求めている植物が見つかったのだと彼女は告げた。

「今日、立花さんが街の裏手の山で見かけたって・・・遠目だったから手の触れる距離ではまだ確認出来てないけど、特別な色と形状だしほぼ間違いないだろうって、明日改めて同じ場所に確認に行って下さるって・・・!」

妓夫太郎は今でも、碓氷を見送った日のの憔悴ぶりを記憶している。役に立てなかった、恩を返せなかったと落胆する彼女を懸命に慰めたのは、既に約三年前のことになる。何とか自力で独自の調査を進めながらも、芳しい成果が出せないことをが気に病んでいたことも知っている。

茅川町の薬屋夫婦や立花に協力を依頼してはどうかと提案したのは妓夫太郎だった。一人で行き詰まり苦しむを見ているのは辛かったし、かと言って妓夫太郎では役に立てないことをわかっていたからこその進言だった。無関係の人に迷惑はかけられないと彼女は悩んでいた様だったが、こうして目に見える成果に喜ぶがいるのなら、協力要請は正解だったのだろう。自分事の様に興奮して伝えに来たであろう立花の顔が浮かぶ様で、妓夫太郎は小さく苦笑を零した。

「ついさっき、碓氷さん宛に急いで手紙を書いて出してきたところなの。取り急ぎ、目撃証言があったってことだけだけど・・・それでも、今までで一番大きな成果だから、早くお伝えしたくて・・・!街から近い山なら、私も行けるだろうから直接調査も出来るよね、きっと。少し採取出来れば成分の研究も出来るし、新薬のお手伝いが出来るかもしれないよね?ああ、皮膚病の文献、読み返しておかなきゃ、頭に入れなきゃいけないことが沢山・・・」


このままでは際限無く喋り続けるであろうの両肩を、妓夫太郎の手が掴む。頭の中が回転しきりの彼女の瞳は慌ただしく揺れていたが、妓夫太郎の青い目にじっと見据えられることでその動きを止める。

「・・・ひとまず、落ち着け」
「・・・うん」

頭の切替がうまく行ったのだろう、ようやくは落ち着いた様に肩の力を抜いた。未だ戸口に立ったままだったことにも気付いたらしく、慌てて妓夫太郎を中へと招き座らせる。自身も隣に腰を下ろしつつ、照れたように小さく頬を掻きながらごめんねと呟いた。

「私、嬉しくって・・・。やっと、碓氷さんに良い報告が出来そうで、本当に良かったって・・・。また、色々見えなくなっちゃって・・・」
「あぁ、わかってる」

がそういう性格であることくらいは、よくわかっている。一度のめり込んだり深く踏み込んだりすると、なかなか戻って来れないことも知っている。だから今更気にする必要は無いと妓夫太郎は告げようとした、その時。

「・・・あっ」
「どうしたぁ?」

が小さな声を上げたかと思えば、その大きな瞳が妓夫太郎へと向けられる。

「・・・住まいが変わること、書き忘れちゃった」

恐らくは碓氷への手紙に書き忘れたということだろう。大事な要件のみ書き付けて慌てて手紙を出したのであろうことは想像出来た。
住まいが変わる。それは手紙のやり取りにも影響するほど、もう目前に迫ったことだった。

「嫌だ私ったら・・・うっかりしてた。これじゃ碓氷さんからの返事も受け取れないよね。女将さんに、私宛の手紙が来たら少しの間預かって貰えるようにお願いしなきゃ」

はそう言って、失敗したなぁと苦笑している。青い彼岸花の件は確かに大事件ではあるが、こちらも差し迫った大変化だ。日一日と順調に物が片付いていくこの仕事場が、残りの時間が数日も無いことを如実に物語る。

「本当に、あと少しなんだね」
「・・・あぁ」

が小さく、隣の妓夫太郎との距離を詰める。指先が触れ合い、それは自然に絡まった。互いの熱には未だ少し慣れていないが、暖かさが心地良い。視線が合って、照れたように小さく笑うに妓夫太郎の表情も緩む。

「荷造り、手伝いに行かなくて大丈夫?」
「心配すんなよなぁ、大して荷物も無ぇよ」
「ふふ、そっかぁ」

ここも同じだろうけれど、妓夫太郎たちの住まう長屋にはここ数日、時間はまちまちだが立花が荷造りの協力に現れている。運べるものは先に運んでしまおうと、時には町で顔馴染みの男手を連れてくることさえあった。お節介な奴だと口では言いながらも、実際は大変有難い存在であるし、立花も妓夫太郎の本心を心得ているように穏やかだ。良き友に恵まれた。あとは、梅と一緒になってとのことを詮索したそうな目で見つめてくることさえ止めてくれれば完璧だ。妓夫太郎の眉間に若干皺が寄った。

「ここは色んな思い出があるから、いざ離れると思うと少し淋しいかなぁ・・・変だよね、ずっと外へ出るのが夢だったのに」

ぽつりと呟かれたの台詞に、改めて妓夫太郎は部屋を見渡す。彼女もまた直前まで仕事を続けるため、最低限の仕事道具の残った部屋。しかしその様子は、慣れ親しんだ物だらけの状態と比べれば、歴然に淋しい。

「・・・どうだろうなぁ」
「妓夫太郎くん?」
「俺もここで、お前に随分世話になったからなぁ」

赤子の梅を救って貰ったことにより、妓夫太郎との友情を改めて結び直した場所。碓氷の介入によりの母の口出しが無くなって以降は、それこそ毎日の様に訪れた場所。実際に住んではいなくとも、妓夫太郎にとっても第二の家のような場所だった。

「離れ難ぇ気持ちは、なんとなく、わかる」

との思い出が、沢山ある。それを惜しむように、妓夫太郎の指先が繋がっているの指先を撫ぜる。慈しむような優しい手つきに、は幸せを噛み締めるように目を伏せた。思い切って肩に寄りかかるように頭を傾けても、妓夫太郎は困った素振りは見せなかった。は安堵したように微笑み、その暖かさを堪能する。

「新しい家でも、沢山思い出作ろうね」
「・・・あぁ」

この先もずっと一緒だと、信じさせてくれる妓夫太郎が好きだ。
予告された大事な話の日が迫る。
は今一度、絡められた指先にそっと力を込めた。



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