深淵に紅き炎





雁字搦めに自由を奪わんとする大きな手に、頭を撫で回されながら唇を喰まれる度、何も考えられなくなる。

噛み付く様な口付け方や言葉は乱暴であっても、頬や髪を這う手は必ず優しさを残している。
あらゆる傷も途端に修復される身体だが、甘噛み以上の痛みを感じたことは無い。
代わりに隅々まで余すこと無く吸われ、捩じ込まれ、味わい尽くされる。

喘ぐ様な息継ぎひとつ、鼻から抜ける悩ましい声ひとつ、欠片も逃がすものかと強く抱き竦められる不自由さが癖になる。
抵抗などする筈が無い。逃れようと考える筈も無い。それでも貪る様に求められ、酸素が満足に行き渡らない程追い立てられる。

息苦しさと甘やかさは紙一重だ。
ざらついた舌に呼吸ごと絡め取られ、最早どちらの物か判別の付かない唾液が端から顎へと伝う。
尖った歯で唇を柔く喰まれる度、弱点を知り尽くされた舌でこちらの付け根を揺さぶられる度、理性が彼方へと消し飛んでいくのを感じる。

こんなにも狂おしく溺れているというのに、数字を刻まれた禍々しい瞳は、刃物の如き鋭さでこちらを捕え決して離さない。
奪われまいと、無くすまいと。焦燥感は焼け付く様に熱く、そして例え様も無く愛おしい。

心配せずとも傍にいる。
声に出す余裕も無い中指先で顔の痣をそっとなぞると、余力を残していた腕に強く掻き抱かれた。

壊されても構わない。
唯一そう願う相手は荒々しい口付けの中乱れた髪を掴むことはしても、痛みを伴う乱暴な引っ張り方は決してしない。
ただただ鬱々とした独占欲で食らいつき、気力が尽き果てるまで熱く絡んだ舌で吸い上げ、熱を帯びた目で拘束を強めていく。


ああ、なんて満ち足りた暗闇の牢獄だろう。

下唇を甘噛まれ、心地良い痺れが背筋を駆け抜けた。