「嫌だよ」

想定通りの台詞を吐き出した清丸の表情は、忌々しいと全面に曝け出したしかめ面だ。

「殊現さんは今も敵と戦ってるんだ。僕らだけ残れなんて、聞ける訳ないだろ」

私は桂花から受け取った特例の先読みを、包み隠さず皆に明かした。
その上で蓮の船に追い付いた際、ふたりは移乗せずこの場で待機して欲しいという提案に対し、清丸が真っ向から拒絶の意思を示したのだ。
私は重い溜息を寸前で飲み込んだ。流石にここから先は寝たままでは話し辛い。先生と典坐の助けを借りながら上半身を起こし、私を睨みつける少年と向き合うべく内心で気合いを入れる。
背中ごと肩を抱く形で支えてくれる先生がいる。両脇には典坐とヌルガイもいてくれる。これだけの心強さに囲まれながら、押し負ける訳にはいかなかった。

「・・・そう言うだろうって思ったよ」
「何だよ。だったら」
「けど、聞いて」

以前から極端に嫌われていた為、噛み付くような文句ひとつ取っても会話が続いた時間としてはこれでも新記録だ。それでも今は関係を一から構築する時間が無い。言うべきことは、遠慮無しに伝えなくてはならない。私は強引に言葉を突き通した。

「こんなに慕ってくれる子達を目の前で殺されたら・・・殊現はきっと怒りと悲しみで、敵だけじゃなく間に合わなかった自分自身を呪うよ」

桂花が私に見せた光景は断片的で、そこに珠現の姿は確認出来なかった。でも、はっきりとわかる。この二人を奪われた時、珠現がどんなに嘆きどれほど怨嗟に駆られるか。それはきっと、正史で典坐を喪った先生と同じように、悲しい復讐者の顔をしているに違いない。

大切な者を理不尽な力で奪われ、敵も自らも同等に憎み擦り減っていく。初めて本を通し牡丹戦での先生の怒りに触れた時の動揺が今も消えてくれない。典坐を死なせたくない。その思いは勿論彼を推しとして、そしてひとりの仲間として好いていたことに起因したけれど、誰より優しい先生にそんな風に自分を呪ってほしくない一心から生まれた願いとも呼べた。
今混迷を極めながらも典坐が生存するこの世界線で、先生の心は辛うじて守れているとしても、珠現に同じ修羅の道を歩ませたいと思う筈が無い。

「私は殊現にも・・・この中にいる誰にも、そんな顔をさせたくない。殊現を衛善さんと再会させることと同じくらい、ふたりを死から回避させることも大事だと思ってる」

私が珠現に対して抱く相容れない葛藤と、兄弟子を救いたいという思いは別物だ。恐らくは後者が伝わったのだろう、清丸はもどかしそうな顔をしながらも反論を切らした。

「・・・さんが私たちの命も、あの方の心も、どちらも守ろうとして下さっていることはわかっています」

正座で俯いていた威鈴が、重い雰囲気のまま顔を上げる。

「ですが私も、黙って残ることは出来ません。あの方のお傍こそ私の生きる戦場―――安全な場所で生き延びるより、例え散るとしても共に戦う道を選びたい。珠現様なら、きっと侍としての志をわかって下さる筈です」
「・・・威鈴」

覚悟の決まった顔だ。その真摯さはこれ以上無いほどに伝わってくる。珠現への忠誠と強い思いが、威鈴と清丸をここまで奮い立たせるのだろう。命を賭しても救いたいという思いは、決してわからない訳ではないけれど。私は細く息を吐いた。

「ふたりの気持ちはわかったよ。でも単なる船番じゃなくて、真打だとしたら?」
「・・・え?」

話はここからが本題だ。

「私たちは、一度敗北する。蓮の幻術か、圧倒的な氣の差か、どちらにせよ倒されて一時撤退することになると思う」

脳に直接流し込まれた光景の中で、先生・ヌルガイ・杠・厳鉄斎が床に伏していた。息はあるように見えたけれど皆それぞれに深傷を負い、立ち上がれる状況では無く。場面が切り替わったその時には清丸が倒壊した柱に潰され、そこに悲鳴を上げ駆け寄った威鈴も蓮の氣で捻り殺された。
私や典坐達の姿は確認出来ないながらも、悪夢のような光景だった。でも、わかっているならまだ手は打てる筈だ。

「威鈴と清丸の道が閉ざされる局面は、此方側の敗北とほぼ同時。だからそこまで力を温存して貰って、次の一手で改めて真打として登場して貰う。勿論私たちも十分に対策をして挑むし、回復次第戦線復帰する。それなら、ふたりの運命は違った方向へ書き換わる筈」

殺されることが確定している場面には連れていけない。しかし彼らは確かな戦力を有する浅ェ門だ。死地とは異なる場所を始点として、存分にその腕を振るって貰う。それが私の編み出した策だった。
尤も、守ると言い切っておきながら胸を張れる戦術ではないことも十分理解出来ている。恰好つかないなんてものじゃない。私は思わず眉を寄せて肩を落とした。

「ごめんね。先のことがわかるなんて言って、安全は保障出来ないし楽もさせてあげられない。それでも」
「行くに決まってるだろ!」

私の言葉に被せるように清丸が吼えた。小さな身体で拳を固く握り、しかし次の瞬間には声を荒げたことを恥じるように微かに舌打ち、そして視線を逸らす。

「・・・納得なんてしたくないけど、僕らは追加上陸の浅ェ門だ。先発組には遅れを取らないってこと、お前達にも敵の大将にも思い知らせてやるよ」

相変わらず不遜な態度だけれど、私の願いを汲み出陣を遅らせることを受け入れてくれた。私にとってはどんな軽口を交わすより余程意味のある和解と呼べる。

「清丸・・・ありが」
「別にお前の礼なんて聞きたくない。僕は殊現さんを助けたいだけだから」
「素直じゃねぇなぁ」
「うっさいなぁ、山の民は引っ込んでろよ」
「まぁまぁ、喧嘩は無しっすよ清丸くん。今大事なのは団結っす!ね!」

これまでかなり嫌な思いをしてきた露骨な悪態も、今この時は何ひとつ気にならない。典坐とヌルガイに上手く誘導されて不服そうな少年。彼と私の関係値は最悪と呼べる代物でも、仲間の死を回避させられるなら同じ浅ェ門として喜ばしいことだ。

「皆さんが一時撤退した後の追加戦力。私たちがそこに収まることで敵の隙を突ける。周り巡って殊現様のお役にも立てる」

まるで自分にそう言い聞かせるような威鈴の声は硬かった。しかし、改めて絡んだ視線は女性らしい柔らかなもので。

「そういうことなら・・・承知しました。さんの言葉を信じます」
「威鈴・・・ありがとう」
「いいえ。私たちの方こそ・・・数々のお気遣いに、感謝します」

品良く胸に手を当て頭を下げる仕草が愛らしくて、自然と頬が緩んだ。殊現を敬愛するふたりの出だしを、死の天啓より後へと遅らせる。まずはひとつ足場が固まったことの安堵で息をつく私の頭に、ほんの一瞬こつんと先生の頭が触れてすぐに離れていく。導かれるように顔を上げれば、健闘を称えるような笑みが私を待っていて。皆にはわからない刹那の隙間で喜びを交わし合い、私たちはまた次の問題へと目を向けた。

「蓮の腕が六本になるという話も気になります・・・仏教の如意輪観音、救世菩薩と呼ばれる姿が近そうですね」
「六道を救う観音か。まぁ僕らにとっての救済とは程遠いけど、敵はまだそれだけ強化の余地を残してるってことだから。こっちも戦力を一度に出し切らない策は有効だと思う」

仙汰と付知はこの分野でも変わらず詳しい。私が見た蓮の姿は異形だったけれど、高次元への進化とも呼べるような気がした。
天仙を束ねる者。唯一人の師を蘇らせる為に不老不死の研究を千年続けた仙人。人間に近い姿すら捨てる程に、敵も本気を出す局面ということだ。警戒出来ることはひとつでも多く積むべきだと緊張感を高める中、忍のふたりが声を上げた。

「温存も有益だが、一度敗北するとわかっているのなら予め防御を厚くする策も練ろう。復帰回復は早いに越したことはない。負傷は避けられなくとも、極力浅く済ませたい」
「忍法・死んだふり、ってね。負けを装いたい時にうってつけの防護服、作れる奴がいるじゃん」

敗北を装いながら命を守る防護服。思いもよらない単語に目を丸くしながら、杠の視線の先を追う。うっかり眼鏡がずり落ちそうになるほどの動揺で仙汰が飛び跳ねた。

「僕ですか?!いや・・・皆さんに薄い鎧を纏わせることは出来るかもしれませんが、それ程強度が無いので役に立つかどうか・・・」
「耐久性が課題って私ずっと言ってたでしょ」
「返す言葉も・・・」
「ま、今回は特別に助けてあげるけど」
「・・・え?」

唖然と声を零したのは仙汰だったけれど、皆が心の内で同じ疑問符を浮かべたことだろう。己の利以外は決して手を出さないくのいちが仙汰を助けると、そう口にしたのだ。

「私の粘液とあんたの絵筆の合わせ技、試してみる価値はあると思わない?」
「・・・杠さん」
「忍の私がここまで手の内提供するなんて、言っとくけど滅多に無いんだから」

指先で眼鏡を奪いくるくると弄ぶ杠が仙汰に向ける表情から、妖艶や奔放さではない自然な笑みを感じ取る。

「・・・ま。あんたが漸く自分に嘘つかなくなったお祝いってことで」

それは生還後に山田家を離れる決意を背中で聞いた彼女なりの、仙汰を讃える答えなのだと。またひとつ、仲間が生き延びたことで垣間見た新たな側面に私が胸を熱くするのと同時に、感極まったような佐切が杠の手を取った。

「杠さん・・・!素晴らしい発案です・・・!」
「でしょー。勿論、愛するさぎりんと私が助かる為だけどねー」

いつもの調子でおどけてかわす。しかし佐切が本当に喜んでいることを察知したたおやかな抱擁に、きっと嘘は無いのだろう。仙汰は遂に、気まぐれな憧れのひとから信頼を勝ち取るに至ったのだ。
身を防ぐ特殊な粘液を、絵筆を介して具現化させれば硬質な鎧となり得る。杠と仙汰の力の掛け合わせが、考えもしなかった希望を連れて来る。敗北を見越した一手として、これ以上無い切り札だ。

「仙汰、これは実現すればかなり有効な策だ。行けそうか」
「先生の言う通りだよ。すごい盾が出来ると思う・・・!」

取り返した眼鏡を装着する仙汰の手は、若干震えていた。緊張と戸惑いに揺れるのはほんの数秒、口を一文字に引き結んだ表情からは確固たる決意が窺える。

「さっ・・・最善を、尽くします」
「そうこなくっちゃ。敵を欺く嘘の鎧、気合い入れて作んなさいよー」
「おヌシもだろ」

目には見えない糸が、少しずつ編まれて暗闇の向こうへ続こうとしている。仙汰と杠の協力技には期待しか無い。付知が静かに腕を組んだのは丁度そんな折だった。

「・・・僕はこの戦い、向こう側には移乗せず医療班に専念しようかと思います」

黒い瞳は感情を平らに均したまま、私たちひとりひとりを見渡しながら己の考えを説く。

「一度皆が敗れるなら尚のこと。仙ちゃん達の鎧を纏っても、相手は天仙の長。重傷を負う危険性は十分あるし、厳鉄斎や殊くんの現状もわからない。そもそもこの戦いは蓮を倒して終わりじゃない、生き残ることに意味がある。僕は治療要員として力を尽くすべきではないかと」

脳裏に過ったのは、水門前での厳鉄斎との遣り取りだ。付いて行くことも検討した付知を否定し、彼が冷静に述べた言葉。



『お前は回復の生命線だ』



相方から託された役割を、付知は全うしようとしているのだと。そう気付けたのは私だけじゃなく、その場に居合わせた先生も同じの様だった。

「付知が回復の要として船に残ってくれれば、心強いよ」
「ありがとう、シオさん」

誰一人異存は無かった。付知の言う通り、この戦いは勝つことと同じだけ生き残ることに意味がある。戦闘だけじゃなく、治療回復に専念する役も当然必要だ。付知以上の適任者はいなかった。しかし私は、彼がこの船に残ることに更なる意味を望んでしまう。

「・・・付知、あのさ」
「わかってる」

その声は起伏の無いまま。それでも黒い瞳は、何もかも心得ていると言わんばかりに私を見返していた。

「僕がちゃんと見ておくから。は戦いに専念して」
「・・・うん。ありがとう」

答え合わせはいらない。敢えてそれを声にしないことで、通じ合えた気がした。

衛善さんの花化抑制は勿論、恐らく残る気でいるだろう十禾さんへの牽制。自らより序列上位の衛善さんが生きていたことに対する彼の本音は、成り行きを見守っていた典坐同様に付知も密かに察知するところだったのだろう。今この時に敢えて場を乱すひとではないと信じたい思いと、先程生まれた強烈な警戒心が拮抗する。欠伸ばかり繰り返す渦中の兄弟子を視界の端に捉えながら、私は付知に衛善さんを託すことでまたひとつ重荷を整理した。

そして最後に残ったものを拾い上げ、私はそれを皆にむけて開示すべく息を吸う。

「・・・蓮は、私の氣が皆と違うことにすぐ気付くと思う」

一陣の風が吹き抜け、皆から言葉を奪い去る。私の上半身を抱き支えてくれる腕に、僅か力が入るのを感じる。でも、話さない訳にはいかなかった。

邂逅を経て桂花は告げた。蓮は既に私という異分子の存在に気付きつつあり、氣に触れればその異質さを直に見抜くだろうと。

「珠現を船から降ろして衛善さんと話す時間を稼がなきゃいけない。花の氣の底上げで、それなりに動き回ることも出来る筈。蓮の注意を引き付けるなら、多分私が一番有効。だからなるべく捕まらないように、攪乱するつもり」

皆が儀式の生贄になると聞いて、私は犠牲を一手に引き受けることを桂花に願い出た。今の私は、あの時己の未来を諦めた私とは違う。それでも、適した役割自体は変わらない。私の数奇な起源―――創られた存在であるということが、少しでも蓮の注意を引けるなら。囮に最も相応しいのは私だと、確信があった。

「勿論、死にに行くつもりは無いよ。でも一度倒されることが決まってるとしても、後々の為に出来る限り蓮の氣を削っておく必要はある。私が囮になる間に皆にはどんどん攻撃して貰いたい。土属性の蓮に一番有効なのは・・・」

土の蓮にとっての相克は木。この中ではふたりしかいない、重要な役割。きっとその責務を重々承知しているだろう、先生の指先が苦悩と葛藤で私の肩に僅か沈み込むのを感じながら、そっと瞼をふせたその時。

「私が務めます」

澄みきった声がした。背を正した美しい正座に、真っ直ぐな瞳が私と先生を見据えている。

「佐切」
さんが蓮を引き付けるのなら、士遠殿は丹田破壊ではなく護衛に回るべきです。相克の務めは私にお任せください」

戸惑いなのか安堵なのか、複雑な思いが喉元で渦を巻く。ひとりで蓮の注意を引くことに不安は勿論あった。誰が居てくれれば心強いかなんてこと、わかりきっていた。でも、それを望むことはあまりに都合が良過ぎると自覚していた手前、佐切の提案が私の決意を揺さぶる。

「それが正解だろうね。の安否を気にしてたらシオさんが攻撃に専念出来ないのは、先の作戦でもよくわかってるし」
「僕も賛成です。さんおひとりで囮になるのはあまりに危険ですし、花の氣が扱い辛い時は、先程と同じく士遠さんが一緒なら出力調整も叶うのでしょう」

付知も仙汰も、先生が私につくことを理に適った編成として後押しをしてくれるけれど。相手は蓮だ。決定打はひとりよりもふたりの方が良いに決まっている。すぐ傍で支えてくれる先生の顔を見られず押し黙る私の目の前で、画眉丸が静かに口を開いた。

「相克の氣は多いだけ勝ち筋も増える。隙を見て士遠も攻められれば言うこと無しだが・・・まぁ、優先度としては二の次で構わん」

戦術として非合理的な分断を、生還に最も意欲を燃やす彼が肯定する。あまりの驚きに目を見張る私の心を代弁するかのように、杠がへぇと大きく声を上げた。

「意外。ガビったら奥さんに会えるか会えないかの瀬戸際なんだから、捨て身で攻撃しまくれー、とはならないんだ?」
「おヌシはワシのことを何だと思ってる。それに・・・」

半目で呆れたような溜息を吐いたかと思えば、小柄な忍は視線を移す。彼は私ではなく、先生を見ていた。

「もしワシが士遠と同じ立場で、結が囮になるのであれば・・・彼女を守ること以外、全て捨て置くだろう。その確信があるからな」

この場を自分達夫婦に置き換え、大目的さえすり替わる程の愛を謳う。当然のように。それが摂理であるかのように。先生と私を、それ程までに離れ難い者同士として扱ってくれる。心が沸き立つと同時に、典坐の明るい声が響いた。

「っははは!流石画眉丸さん、ブレないっすね!格好良いっす!」
「・・・妻だからな。それくらいは普通だ」
「どうかなー。世の中の亭主ってガビが思ってるほど奥さん命な奴ばっかじゃないわよ」
「何だか知らんが、そのような輩は夫とは呼べん」

真顔の画眉丸が告げる結さん愛と、それを茶化す杠と感心する典坐。そこを中心に皆にも緩く笑みが広がって、苦しい緊張感がほどけていく。私は意を決して、顔を上げた。

「・・・先生」

私の肩を抱いてくれる、ほんの至近距離。手の力から苦悩は十分伝わっていたけれど、こうして顔を見合わせると同じ不安を抱いていたことは互いに筒抜けで。
効率よりも思いを優先する、正しくはないかもしれない一手を皆は許してくれたけれど。このひとを大事に思うからこそ、私自身の口から言葉にする必要があると強く感じる。

「相克を割くことの難点は、私もよくわかってます。でも・・・一緒に来て貰えますか」

先生の張り詰めた心の線が揺らぐ、僅かな瞬間の無防備な表情。それすら私は尊くて堪らない。このひとと生きたい。先生が幸せでいる未来に、共に在りたい。だから私は、危険な任へ先生の同行を乞う。これはどちらかが犠牲になる為じゃない。どちらも、生き残る為だ。

「私も、先生と一緒に生きて帰りたいから。かなり危険な役割ですけど」
「勿論だ」

私の言葉に被さるような了承と、背ごと肩を抱く腕の力の強まり。先生は笑っていた。命の危険と隣り合わせの役割だと言うのに、心の底からの喜びを噛み締めるような笑みを浮かべ、私を優しく見ていた。

「嬉しいよ。私にも背負わせてくれて、ありがとう」
「・・・約束しましたから」

自分を必要以上に卑下しない。重荷は二人で分け合い前へ進む。自己犠牲ではなく、互いの為に“生きる”ことを諦めない。先生とこれまで交わした大切な約束は、全部今の私の中に息づいている。
どんな難関を前にしても、傍にいられるならきっと大丈夫。喜びを露わに示してくれる先生と笑い合う、今この瞬間の幸せを糧に私は強く在れる。
隣に張り付いていたヌルガイが私の手をそっと包んだ。

はセンセイがいれば大丈夫。センセイもが一緒なら大丈夫。だよな?」
「・・・ヌルガイ」
「オレ達も精一杯頑張るよ。だから二人も絶対生きて・・・」

不意にその言葉が震え途切れる。涙を堪えながら気丈に笑おうとする健気さが、私の胸を打つ。

「・・・いきて、一緒に本土へ帰ろうな」

大局を前に、不安は皆同じだ。それでも皆より一歩前線で蓮に挑もうという私たちへ、この子が向けてくれる親愛の情は誠実さに満ちていて。思わずこちらまで涙ぐみそうになるその刹那、私とヌルガイの繋がった手に、大きく熱い手が重なった。

「大丈夫っすよ、ヌルガイさん」

ふたつの手をぐっと支え、鼓舞する重さ。何もかも明るく照らす声。典坐の笑顔が私と先生を、そしてヌルガイを見据え、力強く大きな頷きをくれる。

「皆で信じ合って、守り合ってここまで来たじゃないっすか。これまでと同じっすよ。絶対、大丈夫」
「四人一緒に、帰ろうね」
「うんっ・・・」

頼もしく背を押してくれるような典坐の力を受けて、私も前向きな言葉を添える。目の端に光るものを浮かべながら頷くヌルガイの笑みは明るかった。そして三人の手が集うそこへ、先生の左手が重なる。

「皆の思いは無駄にしないよ。私が必ず、を守る」

四人で寄り添い合いながら、手と手を重ねて生還を誓う。もう随分と前から大好きで堪らなかった輪の内側に、自然と自分が溶け込んでいる幸せ。一番大切なひとと未来を切り開けるかどうか、その岐路に今私が立てていることの奇跡。否、必ず切り開くのだと強く念じながら重なる手の重みと温かさを、そして私の肩を抱いてくれる優しさを噛み締めた。

「感謝するよ、佐切。蓮への決定打を君に託す」
「拝命します。どうかお二人もご武運を」

年下の姉弟子は強く美しく、そして優しい。先生からの襷を厳かに受け取り、私と目を合わせるなり眦を下げて笑ってくれる、その落差が大きいだけ心の内に効いた。

「つか、仙汰もこっちの船にいた方がよくない?ぶっちゃけ戦闘より後方支援の方が向いてるし。戻る時の足場作ってよ。当然私が最優先ね」
「その優先順位はともかく、仙ちゃんが残るのは僕も賛成。万一僕ひとりで回し切れなくなった時でも、治療の補佐役任せられるし」
「確かに。多少離れても絵は飛ばせそうですし、回復のお手伝いも出来るかと」
「皆頼もしいねぇ。俺も見守り役頑張ろーっと」

仲間の適性も己の領分も、皆きちんと理解出来ている。やはり気の抜けた顔で残留を宣言した十禾さんを最後に、大一番に向けての初期配置が決定した。

「殊現を船から降ろし衛善さんに説得して貰い、総力を以って蓮を止める。時間稼ぎは、護衛は私が。他の者も攻撃しつつ、相克の佐切が丹田を狙う。船を壊すことでも蓮の氣は消耗させられる。単独の深追いは厳禁だ。常に連携を意識していこう」
「仙ちゃん達の策で皆の防御力は飛躍的に向上しますが、油断しないで。必ず蓮の独断場になる筈です。でも一度こっちに戻って来てさえくれれば、僕が必ず何とかします」

先生と付知が状況をまとめてくれる。一度敗れることも死者が出ることも、先手取り対策を練ることで躱し前へ進む。これが私たちに出来る最善だと、皆確信を持てるような手堅い空気が満ちていた。

「その後、元気な奴だけ連れて僕らが後半戦に乗り込むって話だね。別に皆休んでたって構わないけど」
「そうならない様に、少しでも鎧を硬くして挑むって言ってるだろ。皆いた方が絶対心強いじゃんか、強がんなよ」
「うっさい。助けなんかいらないよ」

ヌルガイと清丸のやり取りに、刺々しさよりも単純な遠慮の無さが滲む。生意気で口の減らない少年の心の壁を、この短時間でここまで薄くするとは。ヌルガイは典坐と似ていると指摘した付知の言葉を、私は今更ながらに眩しく実感する。

「・・・あのっ」

ひと一倍大きな手が、誰より遠慮がちに挙げられた。

「自信は、あの、あまり無いのですが・・・提案が、あります」

皆の注目を集めることで彼女はより一層縮こまりながらも、しかし勇気を振り絞るように顔を上げては俯くことを繰り返す。

「これは全員で生き残る為の話し合いだ。積極的な意見は大歓迎だよ。是非、聞かせてくれ」

その声は穏やかに教え子を導くような、まさしく先生の言葉そのものと言えた。自信が無いと尻込みしながらも勇気を出して発された威鈴の言葉を、私も最後まで聞きたいと願う。

「・・・威鈴」

目と目が合う。源嗣の為にも、心優しいこの子を殺させる訳にはいかない。
深呼吸をふたつ繰り返した末に、威鈴がその背を正した。