メイが感じ取った五種の丹田の聳える地点へ、各々出立の時が来た。一時バラバラにはなるけれど、必ず全員で合流して水門へ向かう。佐切は思いの極まる抱擁を交わしてくれたけれど、逆に清丸は分かり易く無視を決め込んだまま行ってしまった。亜左兄弟も似たようなものだろうと思いながらも力強く手を振った、その時。

「・・・おい」

意外な展開だった。桐馬が険しい顔をしながら私の元へ踵を返す。兄を待たせてまで嫌っている筈の私に時間を割こうだなんて、一体どんな風の吹き回しだろう。驚き固まる私の前へずんずんと近付くなり、美しい顔は不機嫌な舌打ちを零す。

「借りを作ったままなのは気分が悪い」
「・・・んん?何も貸した覚え無いけど」
「そういう惚けた態度が・・・!ああ、もう良いっ」

本当に何のことかわからず狼狽える私に、桐馬は更なる苛立ちを積み重ね。ぶるぶると震える拳を握りしめたかと思えば、びしりと厳しく私の鼻先を指さす。

「お前のお節介な“忠告”で、僕は一回り強くなったと言ってるんだ・・・!」



『・・・“大嫌いな奴”から、誰にも遠慮無く正直な気持ちを示せと忠告されたんだとよ』



弟を思う兄の穏やかな言葉が耳の奥で蘇る。一回り強くなったという言葉も、私を睨みながら込み上げる羞恥に耐える素振りも、桐馬が私に歩み寄ってくれたことを指していて。こちらに背を向けたままの弔兵衛が、小さく笑ったような気配がした。

「・・・桐馬」
「僕と兄さんは決して失敗しない。だが、他がしくじればこの作戦はおしまいだ。お前も必要なものは全て揃ってる筈だろ。ヘマをして兄さんの足を引っ張ったら承知しないからな」

都合の良い妄想だと否定されるだろうから、言えないけれど。桐馬からの“ありがとう”と“がんばれ”を直接貰えたような気がして、私の心は芯から弛んだ。最大限警戒された状態からのスタートで、ここまで関係を持ち直せたことは奇跡としか呼べない。今を逃したらもう機会は無いかもしれない。私は真っすぐ、右手を差し出した。

「・・・何だその手は」
「いや、今更友達になれないのはわかってるけど。推しを尊ぶ同志にはなれた気がして」

桐馬にとっての弔兵衛は、傍にいなくては意味がないひと。生きる意味そのもの。私は友や仲間とは呼んで貰えなくて良い。でも、大好きな誰かの為に強く生きるという意味では同志の筈だ。根気強く待つ私を睨み、形の良い眉を顰め。ほぼ叩き付けるような勢いではあったけれど、遂に桐馬は私の手を取ってくれた。

「頑張ろうね、桐馬。お互いの推しの為に」
「・・・相変わらず面倒な誤魔化し方をする奴だな」
「へ?」
「・・・何でもない」

一回だけぶんと振った握手はすぐさま解かれた。若干気になる言い回しはあったけれど、あの桐馬とこんな会話が出来るようになっただなんて、私は頬の緩みが止まらない。弟の向こう側、黙って待つ兄の背中にも呼びかけずにはいられなかった。

「弔兵衛も気を付けてね」
「先刻から気になっていたが、兄さんを気安く名前で呼ぶな」
「・・・でも兄さんって呼んだら桐馬怒るよね」
「当たり前だ!僕の兄さんだぞ!」
「いつまで油売ってんだ桐馬、行くぞ」
「はい兄さん!」

最後に一度威嚇することも忘れず、兄を追って駆け出す弟の背中は眩しい生命力に溢れていて。微笑みの仮面を被っていた頃とはあまりに違い過ぎる溌剌ぶりが、心をくすぐる。一部始終を黙って見守ってくれた先生が、静かに隣に並んだ。

「彼なりの激励だな」
「はい。ますます気合い入りました」

大事な局面で、まさかの桐馬からの檄だ。彼ら兄弟はこの島を出て、きっと自分たちの時間を取り戻すだろう。私も負けてはいられない。桐馬の言った通り、私に必要なカードは全て揃っているのだから。

「さて、私たちも行きますか」
「ああ」
、待って」

大一番に踏み出そうという刹那、ヌルガイの焦ったような呼びかけに振り返る。

「・・・サン」

大きな瞳を潤ませたメイが、私をじっと見ていた。



* * *




拠点にした場所から遠ざかるほど、闊歩する竈神の数が増えていく。五人ひとかたまりで走る中、ゆっくりとした速度でこちらを踏みつけようとする巨大な足を、素早く斬り上げることで転倒させた。刃を鋭く振るい血肉を払う。私には勿体ない程美しい刀が放つ煌きに、何故か先ほど見たメイの涙が被った。





大事な作戦の前にごめんなさいと。時間が無いこともわかっていると。あの子は片言で告げながら、小さな手で私の袖口に縋るものだから。思わず膝をついて引き寄せ、話したいことがあるのだろうと促した。

『・・・桂花ヲ、怒ッテル?』

完全に不意を突かれた名前に、瞠目した。桂花。私の創造主。そして、メイと同族の天仙。私を創り、召喚し、そして私の意思に反して本の中へと戻した、私の神様。
私たちの離別の場にいたのは先生だけだ。煉丹宮で遭遇した時も、彼は私が帰ったという最低限の情報以外は口にしなかったと佐切が告げていた。メイが真相を知る術は無い筈だ。でもふと脳裏に過ぎるのは、牡丹戦後に夢の中で金縛りにあった私を解放してくれた小さな手の感触で。
ただこの子はどこまで知っているのかという疑問は、湧いた傍から静かに掻き消えた。桂花を怒っているか。そう問うメイの瞳には、紛れもない家族愛が映り込んでいた。

『怒ってないよ。むしろ、お礼を言いたいくらい』

お礼。戸惑った顔でその単語を復唱するメイのあどけなさが可愛くて。同時に、彼らと私たちの間で板挟みになっている彼女の現状が、胸に迫る程切なくて。私は出来る限りの笑顔を保ったまま、その柔らかな頬をそっと包み込んだ。突然呼ばれて、突然帰された。でも、それは彼を憎悪する理由にはなり得ない。

『だって桂花が創造してくれなかったら、私は今此処にいないんだよ』

桂花がいなければ全て違っていた。今ここで正史の出来事を曲げようと奮闘出来ることも、皆の輪の中で笑っていられることも、何もかも。私を創ろうという桂花の決意無しには、はじまりすらしなかったことだ。

『桂花に創ってもらって、この世界に呼ばれてなかったら。先生にも典坐にもヌルガイにも・・・メイにも会えてなかっただなんて、寂し過ぎるよ』
『ッ・・・!』

愛らしい瞳が見る見るうちに涙で溢れ返り、堪らずといった様子で飛び付いて来たぬくもりを抱き留めた。

一度向こう側に戻り、本で読み進めた正史の世界。天仙達の抱えた果ての無い虚無に、私は触れてしまった。
千年殺戮を繰り返す痛みに心をすり減らし、笑っていなければおかしくなると溢した桃花の苦悩。そんな桃花を守る為だけに全てを懸けた菊花の愛。あくまでメイに対し手を差し伸べ続け、牡丹と同じく散り際に蓮へ思いを馳せた蘭の慈悲。命の尊さを知ったメイに向けて、羨ましいと告げた桂花の変化。典坐の仇である朱槿にすら、今となってはどこか痛ましい気持ちを覚え始めている私がいる。
花が咲いては朽ちる、終わり無き不死の研究を千年続けてまで彼らが得ようとしているもの。本土中の人間を丹に変えてでも蓮が成し遂げようとする目的が何なのか―――理解は出来なくとも知りたいと思う程には、彼らは私にとってただの略奪者ではなくなっていた。寄り添うことも、勝ちを譲ることも出来ない。それでも、彼らには彼らの思いがあることを、私はもう知ってしまった。

メイは桂花も、蓮も、天仙たち皆を愛している。家族として長い時を過ごしてきたのだから、当然だ。蓮の拒絶から長年の歳月が流れようとも、大事な部分が揺らぐ筈は無い。

『メイ』

それでもこの子は、愛する家族がひとりまたひとりと消えていく身を裂かれる様な状況に於いて尚、私たちの側に立とうと懸命に戦ってくれているのだ。苦しい立場にしておきながら、ごめんとは言えない。その資格は私には無い。でも、この感謝の気持ちだけはそのまま伝えても許されるような気がして。

『・・・ありがとう』

立場も創りも大きく違う。そんな中、佐切の随筆を通して私を好いてくれた可愛い子。命の尊さを信じ、家族と敵対してまでこの思いを貫こうとする強い子だ。首筋に感じる涙の温かさに目を閉じて、私は暫しの別れの挨拶代わりに力の限りメイを抱き締めた。





まるで雨のように虫の群れが降り注ぐ。呼吸を整え、一匹残らず叩き切るべく深く構えた直後のこと。私の背後から軽やかに舞い上がった影があった。小さな身体に信じ難い勢いをつけ、しっかりと氣を乗せた刃の一閃で災いを斬り払う。着地も安定し、己の太刀筋によしと頷く背中には確かな頼もしさを感じる。氣の練り方然り、剣術の基礎然り、先生からの指導や典坐との切磋琢磨を経て、彼女もまた飛躍的な成長を遂げた。

「・・・ヌルガイ」
「なあ。グイファって奴と、島から出るまでに会えたりしないかなぁ」

強くなったねと褒め称えようとした私を遮り、明るい声が唐突にそう告げる。

「え・・・いや、桂花は天仙のひとりだよ」
「わかってるよ。けどさっきがメイに言ったこと、オレも同じこと考えたんだ」

こちらを振り返ったヌルガイは、春の日差しを思わせる笑顔で私を見ていた。

「天仙は敵だけどさ、に出会わせてくれてありがとうって、直接言えたら良いなと思うんだ」
「そうっすね。さんはもう自分達とは切り離せねぇくらいでっかい存在っすから。大事な出会いに感謝するなら、神様にも手ぇ合わせねぇと」

相手は天仙だ。思わず狼狽えてしまうような戸惑いに、典坐が同調で畳みかけてくる。敵である桂花への感謝という特殊な思いは、私だけの感情の筈なのに。

「僕は単純に、創造主ってどんな感じか聞いてみたい」
「付知さん、ここは素直にいきましょうよ」
「・・・まぁ、がいなかったら僕も含め半数は死んでた訳だし。そこは確かに桂花にありがとうだね」

私以外の誰かが、私の創造主に感謝したいと言ってくれる。それは異分子としてこの世界に混じった私にとって、大きな意味を持つことで。これまでの私の奮闘、私が辿った軌跡。ひとつひとつが形を成して認められていくようで、堪らない気持ちになる。

「私も桂花に心からの感謝を捧げるよ。敵対関係には違いないが、と出会わせてくれたことはまた別の話だからね」

優しい声で紡がれる温かい言葉に、喉の奥が締め付けられるような思いがした。
私が一方的に知っていること故に指摘は出来ないけれど、先生は桂花から幻視で苦しめられたのに。この世の理を越えた力で瞼の裏に刻まれた、私が選ぼうとした破滅の未来。贄として蝕まれていく私の姿が、このひとを深い絶望に突き落とした。朱槿を下した後、典坐とヌルガイにだけ吐露された先生の嘆き。透き通る様な状態で盗み見てしまった姿は、きっと一生忘れられない。
なのに、今こんなにも穏やかな笑顔で桂花への感謝を述べてくれるだなんて。泣き出したくなるような衝動を飲み下し、私は曖昧な苦笑で取り繕った。
桂花との対話。もしもの展開に皆が感謝を用意してくれることは、心の底から有難いのだけれど。私の神様は私を歓迎していない。これもまた、確かな事実だ。

「・・・また、追い返そうとするかも」
「その時は説得しよう。どんな手を尽くしてでも」

少し乱暴で、面倒見の良い兄弟子の声が甦る。



『神の決断を前にはどうにもできねぇだと?初手から諦めてんじゃねぇぞ、阿呆が。心の隙を突かれて追い返されたんならな、相手が誰だろうが二度と折れねぇぞって跳ね返すくらいの気概を見せろ』



もしもこの先、創造主との対峙が叶ったその時。鉄心さんに言われた通り、どんなに桂花から否定されても今度こそこの世界に根付くことを諦めないと決めていた。熱意を込めて私を創ってくれた神さまだからこそ、私が自分ひとりで立ち向かうべきだと覚悟していたのに。

「桂花と相まみえたその時は、と出逢えたことへの感謝と、これから先も共に生きる意思を伝える。許しは要らない。相手が君の創造主であっても、今度こそ君を連れては行かせない」

私はここから先、何があってもひとりじゃない。これまで度々先生から貰い続けてきた安心感を、今この場で重ねて贈られる喜びは、もう私の身ひとつには収まり切らないくらいに膨大で尊いものだ。

「ああ、もう」

真横から、顔面に花を咲かせた仏像の如き化け物の張り手が迫る。陸郎太の比じゃないくらいの巨体なのに、今は焦りも恐怖も感じない。心と氣は密接に繋がっている。静かに抜いた居合いの一刀が、無駄の無い軌道で丹田を破壊した。周りを取り囲むのは悍ましい異形ばかり。後の無い夜は深まろうとしていて、余裕なんてある筈も無いのに。

「どんだけ幸せ者なんですか、私は」

それでも、今私はこんなにも温かい思いで満たされている。緊張感はしっかりあるのに頬の綻びが止まらない。困ったようなにやけ顔ですら先生は穏やかに受け止めてくれて、私は深く息を吐き切りながら刀を鞘に収めた。
先生も、皆も、私が普通の人間ではないことすら忌避せず受け止めてくれる。私が混じることで変わった世界線を肯定し、創造主の桂花に感謝すら述べようとしてくれる。まごう事無き幸せ者だ。こんなにもひとの温かさに恵まれて、結果を出せないなんてこと、あって良い筈が無い。

「良いんじゃない、は恩恵を感じた分だけ強くなる類の人間だから。本領発揮するなら今だよ―――あれでしょ、多分」

付知が指し示した先に、遥か見上げる程聳え立つ巨大な花を見つける。美しさと異様な禍々しさを両立させる、一輪の花。

「・・・でかいっすね」
「牡丹の花みたいだ」

あの丹田―――胚珠を穿つ。他の四か所で構える皆と同時に破壊することで、盤古を沈黙させる。
元より満ちていた活力に、皆からの嬉し過ぎる肯定が重なって。より一層強く燃える使命感で、私はひと呼吸の末背筋を伸ばした。このまま何の邪魔も入らない筈は無く、今この瞬間にも周囲を徘徊する竈神達が私たちを狙いにじり寄って来ている。

「先生とヌルガイは杠の合図に合わせて温存。他の三人でひたすら障害駆除・・・で合ってる?付知」
「大まかには。でも、僕らはこの五人で組んだ利を活かすべきだと思う」

大局を前にして尚、普段通り静かに凪いだ黒い瞳が私を見据える。

「僕の読みでは、一度本の中に戻った時点での体力と氣の消耗は白紙になってる。こっちに帰ってきてから珠くんとの対峙と花化で大幅に削られたけど、巌鉄斎の相生と仙ちゃんの雲でほぼ相殺まで持ち直した。違う?」
「その通りだと思う。もっと言うなら、今の体感的にはかなり絶好調」
「精神的に漲ってるからだろうね。まぁそれは他の皆も同じく、心の在り様で補ってる部分もあるだろうけど、僕らは天仙達と戦ったことで体力的に大分削られてるのも確か。今この中で万全な状態に一番近いのはだと思う」

言われたことをひとつひとつ自分なりに飲み下した。付知の分析は正しい。一度向こう側に戻されたことが有利に働き、更には帰って来て以降良い意味で心を強く揺さぶられることの連続で、今私はこの中の誰より消耗が少ない状態と言えるだろう。

「よし。私が一番元気だから一番斬りまくるってことだね」
「違う。一番元気だから、一番補佐に回って貰う」
「・・・え。何で」
「そこで引っかかるんだ」

てっきり力の限り暴れ回れとゴーサインが出るかと思いきや、早くも認識の差に足を取られてしまった。冴えない自分の頭が恨めしい。説明に困る付知と無数の疑問符で困惑する私の間に、静かに先生の影が入り込んだ。

「変わろうか」
「うん。シオさんの方がわかり易そう」

聞き手の理解力不足で説明役を交代され、申し訳無い面持ちで構える私に対し、先生は見慣れた優しい笑みを浮かべてくれる。ほんの少し屈んだ姿勢で顎に手を当てる、先生が指導の際に醸し出す空気感がそこにあった。

。氣の五行属性の図は頭に入っているね」
「勿論です」
「今、ここには全ての属性が揃っているんだよ」

最初に頭に浮かんだのは、もう既に脳裏に焼き付いたような氣の五芒星。次いで、その先端に立つ私たちの姿だった。
金属性の付知。水属性のヌルガイ。木属性の先生。火属性の典坐。そして、土属性の私。この五人であれば、ひとつも欠けることなく星を描くことが出来る。否、星ではなく―――

「・・・先生がさっき円環って言ったのは」
「ああ、我々だけで相生の輪を成せる。力を強めることも、傷を癒すことも、この五人なら可能になる」

相克関係なら星の形に影響し合う五属性は、見方を変えれば相生関係を描く丸い輪とも呼べた。二人だけなら一方がいずれ尽きてしまう相生も、五人揃えば全員で補い合うことが出来る。実態はともかく、理論上は強化と回復を無限に可能とする円環だ。これまで考えもしなかった奇策に、私は頭を殴られたような衝撃を受けた。

「最も消耗の少ない者は相生の円環、その始点となる。氣が十分にある者から更に精度を上げて順に分け与えていくことで、皆の状態を高めていくことが叶う。付知が補佐という言い方をしたのは、氣を最も多く届ける役割を担うのがだからだよ」
「・・・私から順番に強い波を流し込んで、皆のすり減った水位を少しずつ上げていくって解釈で合ってますか」

例えるなら万全な状態の私が津波で、体力的に消耗した皆がさざ波。私が勢いよく強い波を送り込めば、付知から始まり皆の水かさを順当に増していくことが叶う、ということだろうか。完璧な理解とは言い難い不安で身を固くする私に、先生は力の抜けるようなしたり顔の笑みを返してくれた。

「冴えた理解力だ。目を見張ってしまったよ」
「目ぇ・・・!」

条件反射のように冗談を拾いながらも、正解を告げられた喜びで私の胸中は晴れ渡った。冗談で過ぎた緊張感をほどき、褒めることで更に私の氣を高めてくれる。私よりも私の操縦法を正しく理解している先生は、可笑しそうに眦を下げた末、そっと私の肩に手を置いた。

「最終的には円を成す。には典坐からの供給が回ってくる。よって一方的な消耗とはならない試算だが・・・それでも、最初のひとりとして相応の負荷はかかるだろう」

私に課された最初の負担に対する、細やかな気遣い。でもそれだけじゃない。確かな形で寄せられる信頼を感じ取り、私の心に火が灯る。

「行けるか、
「任せてください」

ほぼ被さるような即答に、先生の表情が柔らかく綻ぶ。

「頼もしいよ。君の師であることを誇りに思う」

ああ、そんなの、全部私の台詞なのに。大一番の要として信じて貰えることも、先生の弟子として此処に立てていること自体も、心から誇らしく感じているのは私の方なのに。小さな笑みを零しながら思わず俯いた、その時。

「・・・先生」
「何だい」

意識の砂浜があるのなら、その中から足元に光る何かを見つけたかのように。私は自分の奥底から、ひとつの記憶を拾い上げた。

「・・・本土にいた頃見た夢で、未だに覚えてる光景があります。私、典坐、先生、ヌルガイ。前からこの順番に並んで、おしくらまんじゅうする夢」
「夢?・・・は何が言いたいの」
「付知」

唐突な話に困惑するのは当たり前のことだ。それでも先生は付知の声をそっと制し、私に先を促してくれる。

「嬉しいけどヌルガイをあっためるひとがいないから、私が強引に後ろに回り込んで、ぎゅってしました。大人三人子どもひとりじゃ円は絶妙にギチギチで、余力なんて全然無くて。私はただ推しに挟まれる尊さで大泣きしてる、情けない夢でしたけど」

覚えている。本土にいた頃に見た、神仙郷で平和に過ごすという在り得ない夢。四人で縦一列におしくらまんじゅう、結果的にはきつすぎる団子状態になって、優しい言葉に大泣きをした未熟な夢。今になって、その夢の意味を悟った。

「・・・氣を循環させる為の円を作るには、ひとつ足りないものがあったんですね」

強引に輪を繋ぐことが出来ても、皆で温め合うには一人分足りなかった。金属性の付知を加えることで初めて、私たちの円環は最大限の力を発揮する。

「私たち四人に加えて付知がいれば、円は完成するってことですよね」
「ああ、そうだね」

ずっと前に見た夢と結びつけるだなんて、我ながら強引なこじ付けだと思う。それでも先生が全面肯定してくれるのなら、思い込みだろうと妄想だろうと、私は自分の力にすることが出来る。

「なんかオレ、今の話でやっとわかったかも。ぎゅーっとして皆で輪になって繋がる、氣も丸く流れて皆元気になるし強くなる、そういうことだよな?」
「なるほど!自分も今理解したっす!五人でおしくらまんじゅうっすね!」
「おしくらまんじゅうはの夢の話だけど・・・理屈は違わないから、まぁいっか」

ヌルガイと典坐にも作戦のあらましは伝わったようで、私は突飛な夢の副産物に感謝する。逡巡の末に納得の姿勢を見せた付知が、改めて私たちを見渡した。

「辟餌服生の斎。五属性で良質な氣を集めて、供物として捧げる儀式。天仙たちは僕らを使ってそれを成就させようとしてた。五種揃えば完璧な円環を成せる、今の僕たちはまさに供物として最高に価値がある集団と言えるだろうね」

価値ある供物。不穏な単語は、危機であると同時に私たちのチャンスであることも意味していた。

「一か所に固まる危険はあるけど、逆に好機でもあるってことだよね」
「そう。強化、回復、僕らだけでそれを完成させられるかを試す。結果が良いものなら、他の皆にも活かせる。全員で島を出る助けになるかもしれない」

贄にはならない。貴重な五属性の円環は、私たちが自分達の為に活かす。今度こそ真意の共有を果たし、私を見据える付知の表情は、前髪を被りながらも覇気のこもったものだった。

の頑張り次第でこの円環は大きくも小さくもなる。けどこの布陣なら、の氣も最大限に波打つ。僕はそこに賭ける」
さんなら出来ます!自分は信じてるっす!」
「オレもだよ。は絶対大丈夫!センセイもそうだよな?」

論理的な付知にそこまで言われれば、期待に応えない訳にはいかない。典坐とヌルガイからの真っ直ぐな激励も後押しとして加わり、そして。

「私たちは心から君を信じている。あとはが自分自身を信じてやることが出来れば、完璧だ」
「・・・はい、先生」

先生の言葉が仕上げとして、私の氣を一番良い形に整えた。私は出来る。私ならやれる。これまで先生に丁寧に鍛えて貰えたからこそ、皆の信頼を勝ち得た今こそ、私は私を信じられる。
はじめに相生を流し込む相手として、小柄な兄弟子の横へと並び立った。

「さあ、実験の時間だよ」
「了解。全力でいくから微調整は任せた」

どこか楽し気にも聞こえる声が頼もしくて仕方が無い。私と付知は口端だけで笑い合い、しっかりと手を繋ぎ走り出した。