ああ、これは確かに地獄絵図だ。
石隠れ衆と道士の騎馬隊が互いに捨て身でぶつかり合い、時に巨大な竈神が無差別に乱入してくるという混沌が目の前にあった。血飛沫、生首、臓物。阿鼻叫喚の惨劇ここに極まる、というやつだ。そんな中、付知が活路を切り開き、厳鉄斎が残りを一掃する形で私たちは先へと進んでいた。戦力は今一人でも多く必要とされている筈が、情けないことに私は厳鉄斎の大きな背に負われ、安静だけを求められている。
「・・・やっぱり私降りるよ。さっきより大分良くなってきたからさ」
「うるさいよ、黙ってじっとしてて」
「無駄口で舌噛んでも知らねぇぞ伊達女。こんな時くらい大人しく甘えやがれってんだ」
「・・・ごめん、ありがと」
朱槿が盤古を喰らったことによる暴走。その煽りをこの身に受けた直後、付知は迷うことなく厳鉄斎を叩き起こした。五行の属性図および仲間の相性が頭に入っている付知と違い、厳鉄斎は状況に困惑していたものの、今の私の消耗を補えるのは火属性の厳鉄斎だけという言葉には即答の応をくれた。
ふたりとも、瀕死の重傷から持ち直したばかりなのに。私は申し訳無さに苛まれながらも、大きく熱い背中にぴたりと貼り付いたまま、丹田を意識した呼吸を繰り返す。
頬から噴き出した花は、刈り取ってもすぐさま次のものが生えてきて意味が無かった。手足や他の部位に今のところ異変はない。首から上が目玉の色を含めて一部様変わりし、あとはこの何とも重苦しい倦怠感が厄介だけれど、それも厳鉄斎に背負われているお陰で大分助けられている。
考えが足りなかった。今は島全体の氣が乱れ、逃げ場の無い状態なのだ。私は厳鉄斎の相生を借り氣の循環を繰り返し、少しでも万全の状態に近付けるよう努力するしか無い。蓮の船出が近い今、猶予は限られているのだから。
視界が開け外へ出ると共に、夥しい数の敵の波も途切れた。同じタイミングで別の方向から近付いてきた仲間の氣を感知すると同時に、杠の遠慮の無い呻き声が上がる。
「うえええ何それどうなってんのよおねーさん・・・!」
頬から花が噴き出し目玉は白黒反転しているのだから、そりゃあ顔を引き攣らせるのも無理は無い。気味悪がらせて申し訳ないとも思う。しかし私を含め三人共に、目を見開き同じ質問を杠に返さずにはいられない。
杠は浮いていた。正確には浮いた何かに乗って寛いでいた。
「どうなってるのかは私も聞きたい・・・杠、それ、何」
「僕も知りたい。浮いてるし透き通ってる・・・雲?」
「雲は乗れねぇだろ」
「・・・厳鉄斎、まさか筋斗雲を知らない?」
「あぁ?何だそりゃあ」
「やめて、調子戻ってきたのは良いけど脱線してる余裕無いから」
そう。まさしく私の記憶にある筋斗雲の様なものが目の前に実在していた。解像度はかなり薄めだけれど、杠はしっかり乗れている。何にしても地獄楽の世界観を知る者として、馴染みの無いものの登場に困惑を隠せない私を前に、杠はふよふよと雲ごと近付いて来た。
「んー。説明面倒だし体験した方が早そう。ほら、ここ触ってみなよ」
「・・・じゃあ、失礼します」
好奇心半分、恐れ半分。厳鉄斎の背に負われたまま、無駄に高鳴る鼓動で伸ばした指先が、そろりと雲の端に触れる。
どくんと重い音を立てて、温かな何かが体中を駆け巡る感覚に、私は目を見開いた。視界が一段階冴えたような感覚と、重く絡み付いていた倦怠感が抜けたような気さえして呆然とする。
次の瞬間雲が散る様に消失し、杠が盛大な尻餅で悲鳴を上げたことにより、はっと意識を引き戻された。
「いったぁ!!尻打ったぁ!!おねーさん氣の吸収率えげつな・・・」
「雲が消えた・・・って、、顔!」
鋭い声が上がった。心得ているかの様に厳鉄斎が屈み込むと、背負われたままの私の顔を付知が素早く覗き込む。私も私で、頬から零れ落ちそうな程圧を放っていた花々が、シュルシュルと音を立てて小さくなっていくのを直に感じる。右側の視界も奇妙な侵食は無い。花化の症状が急激に緩和されたことは明らかだった。
「眼球の反転が元に戻ってる。花は咲いたままだけど、面積もずっと狭くなってる」
「おい伊達女、気分はどうだ。消耗は」
「あっ・・・大丈夫そう。ありがと、降りてみるね」
私は大きな背中からそろりと降りた。強烈な眩暈をはじめとする不快感は、もう殆ど感じられない。頬に一部残った花以外はほぼ元通りと呼べるだろう。透き通った雲に触れたことが要因だろうけれど、私は俄かには信じられない事態の好転に目を瞬いた。
「・・・杠、さっき吸収って言った?」
「というより、相生の巡りを強めるもの、ですかね・・・!」
上手く説明出来ないのか単純に面倒なのか、肩を竦める杠に代わる解説の声が近付いて来る。
「仙汰おそーい」
「ゆ、杠さん、僕は自分の足なのでこれが限界です・・・!」
雲で優雅に移動してきた杠と違い本当に駆け足で来たのだろう。ぜいぜいと息を乱しながらも仙汰は眼鏡のずれを直し、私の顔を観察するなり二度深く頷いて見せた。
「状況は大方察しました。杠さんとさんが同じ土属性で良かった・・・蘭の城で見つけられた水はこれ一本だったので。火の氣が込められています」
仙汰の懐から出て来たものは、弔兵衛が菊花にとどめを刺した際に使った物と同種の様だった。一見して酒瓶の様な器にとんでもない代物が収まっている。火の氣。確かに属性上は私の相生だ。
「・・・この水とさっきの雲は、どういう関係?」
「物理的に氣をこめた水・・・無機物があるのなら、そこから派生するものを利用できないものかと。試しに絵筆に氣をこめて水を墨代わりに描いてみたところ、思いのほか上手く形が定まりまして」
「待って。じゃあさっき消えた透明な雲は・・・仙汰が描いた絵ってこと?」
「・・・お恥ずかしながら」
衝撃なんて言葉では到底追いつかない。私は未だ身体中を活発に巡る氣の流れを掌で感じながら、瞠目するしか無かった。
氣の込められた水。その存在自体も驚きではあるものの、仙汰の応用力は更に遥か上を行く脅威的な才能だ。氣を与えられた無機物を、絵筆を通し実体化することで疑似的な五行相生すら生み出すことが出来る、だなんて。
「絵の実体化って浪漫あり過ぎじゃ・・・はっ!!フデフデの実?!画竜転生?!」
「成程ねぇ。さぎりんが興味深いって熱く語る理由がわかったかも。言葉の意味はさっぱりわかんないけど」
「いい、は大体こんな感じだから気にしないで。それより仙ちゃんそんなのありなの?!凄すぎない?!天仙も同じこと出来るのかな・・・」
早速仙汰を質問攻めにしようとする付知の言葉に、私は瞬間目を見開く。
絵の実体化という禁じ手を可能とした仙汰に対し、天仙も同じことが出来るのか。それは、絵と文字の違いはあれど、本を手放すことの無い私の創造主を連想させるには十分過ぎる問い掛けだった。
私を育んだ本の中の世界。そして、私の身体そのもの。すべて桂花が書き記した本から実体化したものだとすれば―――確かに、天仙の氣の練度は人間の領域を遥かに超えている。尤も、私の創造主が他の天仙の中でも少々異色な点も考慮すれば、一概には天仙の能力とも言い切れないのだろうけれど。
「盾とか獣とか色々ね、使えたわよ。けど威力はまちまちだし、ちょっとしたことですーぐ消えるからさぁ。安定感と耐久性が課題だと思う訳よ」
「それは本当に面目無いです」
「いやいや仙ちゃんにめちゃくちゃ助けられてるだろ、ひれ伏して感謝しなよ、捌くよ」
「ややややめましょう、どうか穏便に・・・!」
あくまで自分のペースを乱さない杠に付知が噛みつき、仙汰がおろおろと仲裁に入る。私は仙汰が仙薬奪取班としてどんな活躍をしたのかを知らない。でも、今の会話が実に多くの可能性を想像させてくれた。
蘭との死闘を経て、美しい擬態すら脱ぎ捨て回復に努めなければならなかった杠の正史。もしそこに今の仙汰がいたのなら、彼が生み出した作品の数々が杠を守り、彼女の復活に貢献したのではないだろうか。仙汰の性格を思えば、杠が気兼ねなく相生回復に専念出来るようにと屏風まで実体化しかねない。私は小さく口端を上げて、仙汰が牡丹戦を生き抜いたからこそ開いた未来を喜んだ。
「何にしても、持ち直したみてぇで何よりだ。伊達女よ、流石に目玉の色が反転したのは肝が冷えたぜ」
「はは、まぁね。私も焦ったわ」
隣に立った大男が私の短髪を無遠慮に撫で回し、私も親指を上げて笑みを返す。仙汰の才能開花によって事態は大きく動いたけれど、此処に辿り着くまでの間私に氣を送り続けてくれた彼のことも忘れてはいけない。
「運んでくれてありがと。巌鉄斎の相生にもかなり助けられたよ」
「止せよ。そっちの力不足はよぉ、身に染みてわかってんだ」
「そんなこと無いよ。厳鉄斎は意識してないだけで、氣の量が素で桁違いに多いんだと思う。結構消耗させちゃった筈なのに全然元気なのがその証拠」
「・・・難しい話はわからねぇなぁ」
菊花・桃花戦を経て、厳鉄斎も氣の知覚は正史通り進んだ筈だ。ただ、剣龍として悉くを薙ぎ払ってきたこの男にしてみれば、強さと弱さの両立を求められる触れ得ぬもの―――氣の概念自体が、これまでの生き様とかけ離れ過ぎているのだろう。
でも、お手上げと言わんばかりに背けた顔の先。付知をはじめとする仲間を見つめる視線は、少しずつ変わってきた様に思える。民谷厳鉄斎は間違いなく良い漢だ。私は小さく笑い、その巨体を肘で小突いた。
「とにかく助かったよ。ありがと、伊達男さん」
「何だ。案外悪くねぇな」
「厳鉄斎が伊達女って言い出したんでしょ」
「がはは。違いねぇ」
鉤爪で脇腹を小突き返され、痛いよなんて笑い声を上げながら身を翻し、私は別の兄弟子へと向き直る。想定を遥かに超えた形で私の花化は抑え込まれた。仙汰には感謝してもしきれない。
「改めて、仙汰もありがとう。今度は仙汰が私の恩人だよ」
「いやいや、何を仰いますやら」
私の奇行とも呼べる思い切りが、仙汰に勇気を与えたと言って貰えるのなら。仙汰の柔軟な発想力が、私に生きるバランスを取り戻させてくれたのだろう。
「微力ながらお役に立てたのなら何よりです」
「全然微力じゃないけど無限応酬になりそうだからこのへんで止める。ただ、自信持って本当に!」
「はは。恐れ入ります」
絵筆を通し氣の水を絵で実体化させた仙汰。短時間で疑似的花化を最小限のリスクで新薬に実装した付知。驚かされることばかりだけれど、この兄弟子達が生きてくれた世界線の奇跡だというのなら素晴らしいことだ。そうして密かに感慨に浸る私を見据え、少々気弱で優しい兄弟子が真剣な表情を浮かべる。
「ですが、突然の花化とは事態を軽視出来ませんね・・・根本を叩く上でも、皆さんと合流して策を練らなければ・・・」
私の花化は画眉丸や弔兵衛と違い、生来共存していた種が朱槿の暴走に誘発され芽吹いたものの様に思える。仙汰の言うように根本を叩くことは、果たして可能なのだろうか。今後私の頬からこの花が消える日は、来るのだろうか。島からの生還という大目標を思えば些末事でしか無かったけれど、きっと心配をかけてしまうだろうひとの顔を思い浮かべると胸がチクリと痛んだ。
その時だ。私たちの方へと駆けて来る足音に顔を上げる。更なる仲間との再会に、自然と頬が綻んだ。
「さん、杠さん・・・!!」
「佐切、メイ!」
正史では付知が殊現と対峙した時点で、佐切とメイに杠が合流していた筈だった。蓬莱全域に渡る花の活性化のタイミングといい、やはり諸々ずれは生じている様ではあるけれど、それでもこうして確実に仲間が集っていくことは本当に嬉しい。
しかし笑顔でいられる時間は限られていた。メイの頭から伸びた細い梅の枝に、私の血の気が引いていく。
「メイ、頭から花が・・・!」
「いやいやお姉さんアンタもだからね」
杠の突っ込みは確かにその通りだし、メイが天仙であることも承知しているけれど、心配な気持ちは止められない。今やこの小さな少女を敵側と認識する者はいないだろう。駆け込んでくる小さな身体を屈んで抱き留める。頭から伸びた枝を私が憂うと同じ程に、メイは私の頬を案じてくれた。
「メイ、大丈夫?苦しくない?痛いところは?」
「アリガト、大丈夫」
「さんこそ・・・!どうされたんですか?!は、花が頬から・・・!」
佐切もメイも大きな怪我は無さそうだった。道士と忍の乱戦の中を潜ってきたのなら奇跡だ。メイの花化が少々気にかかるものの、私はひとまずの安堵に息を吐きながら佐切を宥めた。
「心配かけてごめんね佐切。けど大丈夫。見た目的にも体感的にも、これでもずっと良くなった方で・・・」
「ええ?!そんな、一体何が・・・」
「余計なこと言うのやめなさいよお姉さん、さぎりんが混乱してる。可愛いけど」
「ごめん」
刹那、皆の声に靄がかかったような錯覚を覚える。
蓬莱は魔の入り乱れる混乱を極め、皆それぞれに死戦を経て様々なものを擦り減らしている。蓮は本土に向けて絶望の種を抱えて出航を目前にして、私たちの全員生還という目標は崖っぷちだ。
なのに何故だろう。私は今こんな状況の中、皆の何気ない会話すら尊くて堪らない気持ちになっている。一時はもう二度と戻れないと絶望した仲間の輪だ。鼻の奥がツンとするのを堪えると同時に、私の腕に抱かれたままの可愛い子が小さな反応を見せた。
「サン」
「んーん。平気だよ、ありがとうメイ」
「本当ですか?さん、無理しているのでは」
「ほんとに大丈夫。佐切も怪我とかしてない?メイを守って戦ってくれたんでしょう」
「いえ・・・私は、何も・・・」
ほんの僅か、佐切の顔色が変わった。
「島ノ氣、暴走シテル。私、花ノ氣モッテル。デモ、サンハ・・・」
メイが言い淀んだ沈黙によって、瞬間場が静まり返る。私はこの状況に自分が戻れたことの安堵より先に、考えるべきことがあったと思い知らされた。
この子は氣についての理解が人間とは別次元の筈だ。花が芽吹いた今、私という存在の異質さすら見抜いているかもしれない。
何故、胚珠も打たない身の私に突如花化の症状が現れたのか。そもそも何故私が金木犀の花吹雪の中から現れ、付知の危機に駆け付けたのか。事情を知らない仲間達に隠し通すには、かなり苦しい段階まで来ていた。
「・・・そこのところ、僕たちもさっきから気になってるんだけど」
「あの・・・説明したいのは山々なんだけど、ね」
どこから話すべきか。何から明かすべきか。突飛なことであればこそ、冷静な口調でなくては伝わらない。しかし、私のことを創造の人間だと告げた彼の平坦さをイメージすればする程、言葉が上手に出てこない。
「何から、話せば良いのか・・・」
「―――桂花と、関係がありますか」
佐切の口から出た創造主の名前に、思わず肩が震えた。ゆっくりと視線が合う。年下の姉弟子が、複雑な表情で私を見据えていた。
「私とメイさんは、先ほど煉丹宮で彼と対峙しました。桂花曰く・・・さんは在るべき場所へ帰ったと」
場の空気が奇妙な静寂で満たされる。辟餌服生の斎、その際に儀式の守りを命じられた桂花が佐切とメイに邂逅することは知っていたものの、そこで私の名前が出るとは考えもしなかった。
焦燥で喉が渇く。未だ言葉に迷う自分の臆病加減が嫌になる。
「何それ。何で天仙のひとりがそんなこと把握してんの」
「在るべき場所?、説明できる?」
浅ェ門も罪人も関係無く、皆大切な仲間だ。話せばきっと、わかってくれる。正直に話せば、きっと大丈夫。
―――本当に?ならどうして先生にまで、最後までその嘘だけはつき通したの?
―――違う世界の人間だと打ち明けることで、今の関係性が崩れることが怖かったから。
臆病な自問自答に深く息を吐き出す。もう怯えている場合じゃない。例えどんな反応が返ってくるとしても、この先の局面は信頼関係が揺らいではうまく戦えなくなる。こんな状況で誤魔化しは悪手だ。ありのままを伝えるしか無い。
「・・・私・・・本当は、」
「さんが“本当は”誰であったとしても、構わないんです」
メイに合わせて片膝をつく私の正面に佐切が屈み込む。引き結んだ口元は微かに震え、眦には透明な涙が滲んでいて、私の時間を暫し止めた。
「彼から出た話はそれきりで、殆ど理解出来ていません。ですが、さんが帰ったと聞かされた時・・・もう、二度とお会い出来ないかと思いました。今、こうして顔を見てお話が出来て・・・本当に、嬉しいんです」
恐らく桂花は私の真実を佐切とメイに明かしていない。でもこの姉弟子は、事実よりも感情を優先して私との別れを悲しみ、再会を心から喜んでくれている。
その優しさが今の私にとってどれ程有難いものか。どれ程、心に刺さるものか。私の左肩に小さな手が触れる。メイもまた、佐切に呼応し泣きそうな顔で懸命に口端を上げていた。思わず手を伸ばし、私は二人を精一杯に抱き寄せる。
「・・・ありがとう」
私は幸せ者だ。何らかの訳ありであることが知られて尚、こんなにもひたむきな思いを向けて貰えるだなんて。戻って来られて良かった。この世界にもう一度降り立つことが叶って、本当に良かった。ふたつの愛おしい体温を感じ、一層今という奇跡を噛み締める。
「一応確認しとくけど。実はお姉さんも敵でした、なんてオチじゃないのよね?」
「それは流石に無いから安心して欲しいかな」
「ならどうでも良いっしょ。お姉さんに優しくしとけばさぎりんの好感度も上がりそうだし」
「なっ・・・杠さん・・・!」
「はは。私は君のそういうところ割と好きよ」
遠慮の無い奔放な立ち振る舞いも際どい計算の上に成り立つおふざけも、慣れてくれば心強いし有難い明るさだ。
「この島に来てから人智を超えたことの連続だし。今更が何を隠してたところで皆動じないよ」
「目指すところは変わりませんよ。理由や原理はどうあれ、さんが一度離脱し戻って来てくれたのなら、僕は心強く思います」
「・・・ありがとう。付知、仙汰」
「何だか知らねぇがシケた面は似合わねぇよ。粋な頭が台無しだぜ」
「っはは。巌鉄斎は優しいね」
「あぁ?強ぇ男は女と子どもにゃ優しいんだよ、今頃気付きやがったのか」
頼りになる兄弟子達をはじめ、皆この島を生き抜いてきた強者だ。確かに、敵に寝返ること以外であればそれ程重要ではないのかもしれず。
其々の形は違えど温かな励ましを貰った心地で、私はゆっくりと立ち上がる。すんと鼻を啜った佐切が可愛くて、思わず最後にもう一度ぎゅっと抱き締めた。
「皆ごめん、ちゃんと話すよ。でも、その前に・・・」
私は背後を振り返った。
花化の影響なのか、桂花から起源を明かされた影響なのかはわからない。ただ、私はこの島に戻って以来他人の氣の感知能力に長けたようだ。少し離れた距離程度なら、誰が何処にいるのかを読み取れる。
今まさにこの瞬間、物陰に隠れ様子を伺っているのが誰なのかも。
敵か味方かは正直読めない。それでも、私は今この対話の機会を逃せない。
素早く駆け出し回り込んだ先に、救えなかった兄弟子の面影を見た。
「威鈴」
「・・・さん 」
源嗣を喪った時から、いずれ来るこの時を覚悟していた。
私の左手首に残る組紐は、もう殆ど形を成してはいなかった。