「少し話を整理しようか。海上にはこれまで帰らなかった船団の残骸及び巨大な化け物が待ち構え、かつ潮の流れも島から外には出られない様形成されている。森には殺傷力の高い虫や人語を操る化け物も闊歩しているが、真に警戒すべきは人型の化け物―――戦闘能力は桁違い、再生機能を持ち、少なくとも二体、或いは更に多く存在する可能性もある。以上の点を踏まえ、我々の為すべきはふたつ。仙薬を探すことと、危険を極力回避しつつ島を出ること。ここまで良いかい」
「流石っす・・・」
「すげー。キレイに話まとまった」

二組の情報とこの島での目的をとりまとめた先生の言葉は淀みない。感心したように口を半開きにする典坐とヌルガイの横で、私はそわそわと膝を抱え直すばかりだ。

一頻り大泣きして熱をもった瞼と、啜り過ぎて赤くなった鼻先。ついでに、先生に軟膏を塗って貰った頬の派手な切り傷。性別上女としては散々な顔でも、私は今感激の沼に浸らずにはいられない。典坐の死を回避したことで念願の推し三人が集い、そこに同席出来ているだなんて。まさかこれも夢オチではと疑うも、先生の胸元には目印の弔い鈴が無い。現実だ。

そしてジロジロ見てはいけないと思いながらも、隣に座り込むヌルガイを私はどうしても気にしてしまう。これまでとにかく気を緩めまいと、乗船前の浜辺でも、母船の上でも、私はこの小さな少女の存在を懸命に意識の外へ追いやっていたのだ。推しのひとりであるからこそ、視界に入れない、気にしない。典坐の生存を経て枷が多少緩んだ今、隣を許されたこの少女の存在がとにかく落ち着かない程に眩しくて。

不意に目が合い、鼓動が飛び跳ねた。いけない、不審に思われる。

「どうした?やっぱり顔、痛むか?」

焦る私の下心なんて知る由もない、純度の高過ぎる優しさ。それを向けられるあまりの嬉しさに、オタクとしては消し飛びそうな程の興奮を気力で堪え切る。

「だっ・・・大丈夫、全然平気!ありがとう、優しいね・・・!」
「え?いや・・・なら良いけどさ。我慢すんなよ」
「うん、うん・・・!」

可愛い。心の底から可愛い。本当は本土にいた頃夢に見たように、もっとわちゃわちゃ仲良く戯れたいものだけれど、我慢、我慢。むずむずとした意識を鎮めようという最中、やけに温かな意識を向けられていると感じる。先生が苦笑混じりに私を見守っていた。

「話を進めても良いかな」
「あっ・・・すみません、勿論です・・・!」

馬鹿か私は。ここが神仙郷である以上大事な局面であることは変わらないのに、一人で舞い上がって先生に気を遣わせてどうする。戒めの様に固く口を閉じたことに更なる苦笑を浮かべ、先生が改めて私たちを見渡した。

「浜辺を探索した中で一ヶ所だけ、外への海流を聞き取れた場所がある。ただ、これまで感じたことの無い気配がした。盲ひとりでは兎も角、君たちもいれば多少は状況も変わる様に思うが・・・」

―――水門だ。私は静かに瞬いた。島の外へ出るにあたり、海獣が襲ってこない唯一の道。天仙達の住まう蓬莱、その水門から出た船に限り襲わないよう化け物達は躾られている。
先生の感じた外への抜け道に典坐とヌルガイも向かう。正史では朱槿の妨害に合い早々に閉ざされた道だ。もし、水門に外から忍び込むことが叶ったら?もし、私たち四人だけで島から生還することになったら?
脳裏を過ぎる仲間の笑顔に米神が痛みを発する、次の瞬間。

「しかし、我々だけで外へ逃げ延びたところで、仙薬が無ければ謀反と取られる可能性も大いにある、か」

静かな声が、私を落ち着けてくれる。先生は典坐とヌルガイじゃなく、私を見据えて微笑んでいた。
自分たちで逃げるだけなら可能かもしれない道。そこに曇った私の表情から、先生は十分過ぎる程のものを読み解いてくれる。

「今は為すべきことを優先しよう。場所はきちんと記憶しているよ。外への道を探るのはそれからだ」

為すべきこと。その言葉には仙薬探しだけじゃなく、私が願う山田家の救済が含まれていることが伝わってくる。典坐を救った今尚、まだ回避させるべき悲しい未来がある。何も言わずとも思いを汲んでくれる先生の心強さに、感嘆の息が零れた。

「っし!了解っす、まずは・・・」
「まずは回復だよ!ごまかしたって無理してんのわかってんだからな!」
「っははは、手厳しいっすねヌルガイさん」

典坐を叱るヌルガイの声は真摯だった。対する典坐の反応もすっかり心を許したそれで、私は秘めた興奮が再び顔を出さないよう押さえ込むことに難儀する―――その刹那。明確に緊張感を増した先生の空気に、私は思わず顔を上げる。こんな露骨さは珍しい。厳しく寄った眉から伝わる大きな見落としに、愕然とした。

そうだ。先生だって、最初からヌルガイに対して警戒心を解いていた訳じゃない。正史を知る私と違い、先生にとってこの子は罪人のひとりに過ぎないのだから。罪とは時代が決めるもの。例えどんな理不尽でも、幕府の定めた罪を斬る者こそが山田浅ェ門である。日頃どんなに優しく柔らかくとも、それが罪に対する先生の考え方だ。加えて上陸時、不測の事態が起きた場合には即刻罪人を処刑せよと達しが出ていたのも事実。典坐が必要以上にヌルガイに気を許すことを、この時点での先生が見過ごす筈が無い。典坐の容態が落ち着いた今、先延ばしにしただろう本題に切り込むことは想定できた筈なのに。私は推しが三人揃ったと喜んでいた自分の浅はかさを呪う。

典坐の負傷という出来事が正史での一時和解より先に発生してしまったこの状況で、唯一先を知る私はどう立ち回るのが正解なのか。ああでもないこうでもないとひとり頭を悩ませるその最中。

「・・・先生」

私より先に口を開いたのは、典坐だった。神妙な顔で、回復も半端な身体で膝を擦る様に前に出て、ヌルガイを庇う。ほんの数秒前まであれこれと気を揉んだ自分が滑稽に思えてしまうほど、頼もしい顔をしていた。

「罪人に肩入れするな、でしょう。先生の言いたいこと、わかってるつもりっす」
「・・・ならば」
「ヌルガイさんは何の罪もおかしてない、生きるべきひとなんです・・・!」

何を不安に思うことがあるだろう。典坐がこういうひとだってことを、私は本で知り、実際に三年共に暮らして更に理解していた筈なのに。誰より真っ直ぐで、納得出来なければ決して譲らない。だから好きになったし、ほんの序盤で命果ててしまったことが心底悲しかった。死の運命から生き延びた今、その強さを間近に眺めて私は自分の出る幕ではないことを悟る。大丈夫、私が何もしなくても必ず典坐は先生の理解を勝ち取るだろう。

「先生が無頼の俺を拾ってくれたように、俺も何とかしてこの子を助けたい。自由に生きられる道を、どうにか探したいんです。何もしてないのに斬首だなんて、俺はどうしても納得出来ないっす・・・!」

典坐に庇われる形で拳を握り締めるヌルガイが僅かに震えている。大丈夫だよとその背を擦りたい衝動をぐっと堪えると同時に、先生が重い溜息を吐いた。

「掟を破ってまで人ひとりの人生を背負おうという奴が、何とか、どうにか・・・まったく、曖昧な言葉ばかりだな」

表面上の言葉は厳しくとも、先生が既に許す決断をしたことをその氣がはっきりと物語る。

「表向きは御役目として、実際のところはこの子を救う為の公儀御免状を得るべく仙薬を探す。着地点は今の所これ以外に無いだろうな」

正規の道順からは外れたけれど、私の大好きな三人が最初の壁を超えるその瞬間を、私は確かに目に焼き付けた。
典坐の表情から強張りが抜け、こちらの気が緩むような明るさが花開く。背後に守っていたヌルガイを振り返り、二人が喜びを分かち合う。そしてそんな二人を見て、先生が苦笑を零す。ほんの数秒間、私にとって何にも代え難い特別な時間になった。

「・・・っ先生、ありがとうございます!!」
「あくまで保留だよ。彼女を助けたいという気概は理解したが、それがお前やの立場を危うくするのであれば話は変わってくる。そこを忘れないように」
「はいっ・・・!って、彼女・・・?」

三人の和解が尊くて、嬉しくて、見守れたことが幸せで。先生がヌルガイの性別を見抜くお馴染みの展開に、私はとうとう傍観者で在るべき我慢の限界を迎えた。

「何だ?」
「先生、彼女って」
「オレのこと、わかるのか?」
「勿論、わかるさ」

止めた方が良い。三人の心地良いやり取りに、横槍を入れるべきじゃない。頭ではそう理解していても、染み付いたオタクの性が許してはくれない。

「めっ・・・目利きは得意だから、ですか・・・?!」
「流石は、目のつけ所が違うな」

渾身の思いで飛び込んだ私を、先生がすんなりと受け入れてくれる。

「・・・!!目に目で返された・・・!!」
「二人とも冗談好きっすね・・・」

冗談の意味をよく理解していないヌルガイを含め、私たちはほんの束の間緊張感から解き放たれる。ああ、大事な時にこんな思いして良いのかな。全て棚上げに出来る程完成し切った多幸感に、私は目を細めて笑った。



* * *



食べることは生きることだ。頭の中で何度もそう繰り返し、私はよじ昇った木の幹に重心を据えて慎重に高い枝葉を探る。ガサガサと弄った向こう側に、目的を見つけた時の高揚感たるや。まあるい造形、仄かに香る甘さ、間違いなく果物だ。木の下で私を待つ先生に向けた報告の声が、あまりの嬉しさで思わず上ずった。

「あった・・・!先生、ありました!」
「お手柄だな。よし、場所を変わろうか」
「いいえ!このまま私が採るので、先生はそこで受取お願いします!」

典坐とヌルガイを残し、私たちは食糧調達に出ていた。
この島が三層に分類され、外層は奇形の虫達の蔓延る危険な森で覆われているものの、中間層は木人が住まうエリアであることを私は知っている。勿論、人間であれば無条件に襲って来る巨大な化け物も徘徊している以上は安全圏とは呼べない。それでも、少なくとも点在する村の近くには食糧がある筈だ。まだ見ぬ木人さんが画眉丸達に差し出した潤沢な果実を思い起こし、藁にも縋る思いでここまで探索に来て大正解だった。支給された携帯食は非常用にすべきだし、こうして採取出来る新鮮なものがあるなら、その方が回復にも効く筈だ。
ひとつ、ふたつ、みっつ。収穫物をそっと落とせば、危なげなく先生は麻袋で回収してくれる。中身を見下ろし、そして私を見上げた先生の表情には、若干の曇りが窺えた。

、大丈夫かい」
「はい。念のため毒見はしますけど、傷みは無さそうです。この木は大丈夫だと思いますよ」

仙汰達も美味しそうに食べてましたし。とは言えないけれど、ここに群生する果実に毒性が無いことはほぼ間違いないだろう。木人は天仙達の試作品だ。最終的に樹化するまでは普通の人間と似たような暮らしをしていたのだから、食べ物だって私たちとそう変わらない筈。村が崩壊した今も尚、自生する個体が近くにあるかどうかは正直賭けだった。でも、先生の憂いは収穫物の安全が原因では無かった様で。

「いや、そうではなく・・・仮眠も取らずに、夜明けから活動し通しだ。少しは休まないと君の身がもたないだろう」

これほど常識や平穏から逸脱した状況にあっても、先生が私に向けてくれる優しさは変わらない。私はそれが、堪らなく嬉しい。

「それを言うなら、先生だって同じですよね」
「・・・」
「目が泳いでますよ」
「・・・一本取られたな」

休み無しに動き回っているのは先生も私も同じこと。夜明けから今に至るまで、走り、戦い、火の中に飛び込み草臥れて。そして、典坐の生存という輝かしい奇跡で活力を吹き返した。

「ご心配ありがとうございます。でも私は平気です、今はとにかく、典坐の回復が優先!推しが元気になる為ならこんなの頑張りの内にも入りませんから!」
「・・・こういう時のは止められないな」
「えへへ、推しが絡んだ時のオタクは強いのです」

例え蓄積された疲労はあったとしても、心は前向きな希望で満ちている。だって、典坐が生きてる。あんなに願った未来のその先に、今私は先生と並べている。島の脅威は変わらない。それでも、心持ちは比べようが無い程に明るい。少しでも典坐が早く回復出来るように。ヌルガイと先生と、三人で沢山笑ってくれるように。きっとそうなると分かり切っていた和解のシーンが、今も瞼の裏側に焼きついて離れない。三人の未来はきっと明るい。あんな素敵な瞬間に立ち会えた私は間違いなく幸せ者だ。

「先生。ヌルガイのこと、私からもありがとうございます」
「彼女も君の推しのひとりだと、言っていただろう」

またひとつ新たな実を採取する刹那、私の時が瞬間止まる。思わず収穫物を送りこむことも忘れて呆然と見下ろした私を、先生の穏やかな表情が受け止めてくれた。
まるで、私も理由のひとつであるかの様な言い方。都合の良い勘違いをしそうになる。

「同じ称号を得た者として、邪見には出来ないさ」
「称号って・・・先生ってば」
「本心だよ。先程もしきりに彼女を気にしていたな。を引き取った当初を思い出して懐かしくなったよ。確かに、私と典坐に対しても最初はあの様な感じだった」

数年前を懐かしむその表情は穏やかそのものだった。
わかってる。先生がヌルガイの処刑を思いとどまった理由は正史の通り、罪の無い彼女を守りたいという典坐の思いに応えた為だ。人助けを鼻で笑ったかつての少年が、罪なき死罪人の少女を守りたいと熱く語った。どれ程感慨深い成長に思えたことだろう。典坐と先生の歴史や絆があってこそ成立した譲歩なのに、そこにわざわざ私が入り込む隙間を空けてくれる、先生の優しさ。

「先のことを知る君が推しと呼ぶ程に好意を注ぐからには、恐らく悪人ではないのだろう。弟子が二人して庇うのだから、師として無下には出来ないよ」

私が一方的に好きで、好きで、大好きで。それを堂々と表明する為の単語を、称号だなんて大層な言葉で口にしてくれる。本気に受け止めてはいけないと思いながらも、胸の内は我慢が効かずに温かくなった。

「ある程度回収出来たなら一度戻ろうか。今は気持ちが昂ぶっているのだろうが、気力で踏み止まっていることも間違いない筈だ」
「先生、でも」
「まだ先に為すべきことがあるのだろう。無理がたたれば後に響く。私も、君も、休息は必要だ。ここは私の戦略を信じてはくれないか」

先生にここまで気を遣わせて、ノーなんて言えない。私は苦笑混じりに頷いて見せた。先生の言うことは正しい。ここから先も、島での難題は続くのだから。
典坐の死は防いだ。本来命を散らす筈だった期聖も本土に残り、衛善さんは欠損を負ったけれど命だけは免れた。あの焼けた森で遺体を見つけられなかった源嗣も、きっと生きている。ならば、次は。
―――仙汰。
のんびりと穏やかで、日頃消極的な反面絵に対する熱量は人一倍で。佐切と二人で私の本を完成させたいと言ってくれた、優しく聡明な兄弟子。このまま何もしなければ、彼は杠という憧れのひとを庇うことで命の幕を下ろすことになる。

そうはさせない。例え未来が私の知るものとずれ始めているとしても、先へ進む歩を止めてはいけない。ここまでも何とかなってきた。きっとこの先も、余裕は無くとも進んでいける。
このひとと、一緒なら。

「・・・先生、あの」

先生から求められた“最低限”を探り、言葉をかき集め始めようという、まさにその瞬間だった。

極限まで押し殺した足音を耳が拾い、警戒と害意の織り交ざった視線を肌で感じる。私が木から飛び降り刀を抜くのと、先生が一歩前へ出て牽制の構えを取るのは同時のことだった。

靡く黒髪、見せかけの作り笑顔。苦い思い出の色濃い、私にとって唯一の弟弟子。

「・・・桐馬」
「同門でも歓迎はしていただけない様で、残念です」

山田浅ェ門桐馬が、少し先の木陰に佇んでいた。

よりにもよって、こんなずれ方をするだなんて。私は運の無さを呪う。亜左兄弟が何故今島の中層にいるのか。今頃は森で菊花に敗北し穴に落とされている筈だろうに、何故。舌打ちをしたい程の憤りに奥歯を噛み締めながらも、私は懸命に冷静さを保つ。
兄弟揃って再起不能の一歩手前まで追い詰められ、花の蔓延る穴から這い上がってきたにしては、桐馬の装束は綺麗なままだった。時系列としては、菊花と戦うより手前。そして、この策士の片割れがひとりで私たちの前に出て来る筈が無い。必ず近くに兄が潜んでいるだろう。

「・・・罪人はどうした」
「うっかり取り逃してしまい、鋭意捜索中です・・・と言っても、信じて貰える雰囲気じゃなさそうですね」

立場上仲間内である筈の先生の声は厳しい。桐馬が私にとって凶兆であると同時に脅威であったことは直接話したことは無かったけれど、それでも今こうして私が刀を構えることで先生は多くを察してくれた。彼は島を攻略するにあたって協力を求められる浅ェ門ではない。少なくとも、今は。

「すみません、嘘です。でも、嘘吐きはそちらも同じでしょう」

この過酷な環境下においても綺麗な笑顔が、私を見据える。嘘吐き。その単語は私の心臓を大いに締め付けた。

「偽ることは得意なので、同類は何となくわかるんですよ」

自身はその一部であると誓った兄以外、何重にも築いた壁で寄せ付けないその目が、私を追い詰める。

「初めて会った時から、僕のことを警戒・・・いや、僕の顔を知っていましたよね。食当たりなんて下手な言い訳、どうして期聖さんも乗ってくれたのかまではわかりかねますが・・・」

すらすらと淀みなく口にする、嘘で塗り固めたあの日の出来事。会ったことのない私が、顔を見ただけで動揺し嘔吐と同時に気絶したこと。桐馬はすべて見通した上で同門として私を泳がせ、今この瞬間取り繕うことを止めたのだ。状況は相当に悪い。早鐘を打ちたがる心臓を押さえ込み、私は周囲への警戒を最大限に強めた。

「ね、さん。死罪人はどうしたって、僕の方も気になってたんです。どうして二人して担当罪人を連れていないのか、教えて貰えます?嘘で対応しますか?それとも僕みたいに開き直りますか?」

私を追い立てる言い回しは、十中八九揺動。仲間であるという切り札までかなぐり捨て、ここまで悪意をむき出しにするのは、私を委縮させ身動きを取らせない為の一手。ならば、虎視眈々と獲物を狙う真打が出て来るタイミングは―――今。

見事に消し潰しされていた殺気が瞬きひとつの間に膨れ上がり、私の肌を粟立たせる。殆ど反射で天に向かって刃を立てた私の真上から、ガサガサと木の葉を揺らし巨大な斧を掲げた男が降ってきた。

先ほど実を収穫していた時には確実に気配が無かった。一体いつの間に。考察する暇など当然与えられず、渾身の力で振り下ろされた斧と私の太刀がかち合い、風圧を伴う重い衝撃が全身に襲い来る。

「やるじゃねぇか・・・!」

亜左弔兵衛。

極悪としか表現しようのない笑みがニタリと深みを増した。