三人だけの小さな世界



まるで、街全体が雨に包まれてしまったような日が続いていた。
降り注ぐ独特な匂いと音が、この街の何もかもを家の中に閉じ込めてしまう。

自分達を蔑み嘲る嫌な声が聞こえてこないのは、良いことだ。
少年はそう考えていた。

「よく、降るなぁ」

出来るだけ長く、降り続けば良い。
悪意の塊の様な街の連中と顔を合わせずに済む。

「そういう季節だからね」

何より、雨がこのまま止まなければ、貴重な友を引き止めておける。
がここへ来た時から持参していた蓑笠のことなどすっかり忘れ、妓夫太郎はぼんやりとそんなことを考えた。

誰に悪く言われることもなく、誰に邪魔されることもなく、このままこうして彼女と話していられたらどんなに平和だろうか。

「この長雨が明けたら、暑くなるの」
「へぇ・・・そういうもんかぁ」

今日も今日とて、街では変わり者と呼ばれているこの友は、雨漏りだらけの小さな家で上機嫌に微笑んでいる。
物知りなが知らないことは何も無い。少なくとも妓夫太郎はそう考えていた。

「五月雨とか・・・あっ、梅雨とも呼ぶよ」
「つゆ?」

彼女が突然嬉しそうに口にした単語を、聞こえたまま復唱する。
は二人の間ですやすやと寝息を立てる幼子を見下ろし、柔らかく目を細めていた。

「梅ちゃんの梅に、雨って書いて、つゆ」

丸々とした幼子独特の滑らかな頬に、つんと指先を当てて嬉しそうにが笑う。
妹を心の底から慈しむ彼女のその仕草が、妓夫太郎は嫌いではなかった。

「梅の実が熟す季節だからそう呼ばれてるってお話が有名みたいだけど・・・梅ちゃんの名前が入ってるって思うと、この長雨も好きになれそうだよね」
「・・・そうかもなぁ」

少年は、疎ましい周囲から切り取られたいがために長雨が続くことを望んでいた。

けれど少女は、愛する幼子の名を冠するからこそこの長雨を好きになるのだと口にする。

「お前は、凄ぇなぁ」

何もかも知っているは、妓夫太郎とは何もかもが違う。

「ありがと。でも、まだまだ勉強中」

そんな彼女の隣にいても尚、卑屈さよりも眩しさが勝るのは何故か。

凄いと言われた意味を勘違いしたその笑顔を見ていると、心が落ち着くのは何故か。

「妓夫太郎くんに褒められると、嬉しいなぁ」

「・・・何だそれ」

目と目が合ったまま名前を呼ばれると、時折心臓が早鐘を打つのは何故か。

少年はまだ、その気持ちの正体を知らない。


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