Unhappy Engage




待つことはそれほど苦にならないが、あても無い待ち惚けはしない。必ず来ると、確信があるからこそ辛抱強く待つことが出来る。

焦がれた相手の名を遂に表示した端末を手に、シャディクは息を飲む程の高揚を感じながらも七コール目で通話に応じた。

「やあ姉さん、調子はどう?」
「ありがとう。あまり悪くはないわね」

思わず頬が緩んでしまう程に、この声が聞きたかった。こちらからの発信を耐えて待った分、余計に柔らかな声が沁みる。

「今、大丈夫?忙しくはない?」
「勿論。姉さんならいつだって大歓迎だよ」

上機嫌に微笑むシャディクの耳元、端末の向こう側でが優しく小首を傾げる様な吐息が聞こえた気がした。

「声が弾んでるわ。何か嬉しいことでもあったの?」
「あったよ。姉さんが電話をくれた」

即答に対してが口を閉ざす。今彼女はどんな顔をしているだろうか。二人きりでワルツを踊ったあの夜の様に、少しは姉の域を踏み越えそうな表情をしてくれているだろうか。月の光に照らされた揺れる瞳を思い起こし、シャディクは甘やかな回想に片手を浸したまま口の端を上げた。

「顔を見て話せたらもっと嬉しいんだけどなぁ。通信に繋ぎ直しても良い?」
「・・・いいえ、今日はこのままでお願い」

甘える声に葛藤するかの様な空白を挟み、返って来たの声は少々頼りなくも硬いものだった。シャディクは決して向こう側に気付かれない程度、僅かに苦笑を零す。

「あの、シャディク。実は、」
「縁談のことかな」

声を被せた言い当てにが暫し言葉を失う。沈黙の分だけ電話の向こう側の温度が下がる様に思えて、知っていたこととはいえ少々胸が痛んだ。

「・・・知っていたのね」
「うん、父さんから聞いたよ」

はゼネリ家の子でありシャディクよりふたつ年上の娘だ。生まれた家からも年の頃からも、当然その類の話は避けられない。

相手は同じくベネリットグループ傘下で売上を伸ばす中堅企業の跡取りだ。次世代を担う若い技術者を多く抱える企業で、この縁談が成った暁には技術情報及び人材の提供等互いの利益に適った協力関係が結ばれることとなる。
舞い込んだ縁談は実のところこれが初めてでは無く、自身はその度家の為会社の為にと前向きだったが、これまで婚約が成立したことは無い。御三家と呼ばれるグラスレー社に対しても極端に身体の弱いに対しても、直接会った途端に尻込みする相手が圧倒的に多いというのが現状だ。
格上の家から娘を嫁に貰い受ける以上、万にひとつでも彼女を傷つけ弱らせることは命を縮ませることと同義。利益と危険性を天秤にかけた結果、どうか婚姻以外の形で末永い協力関係をと頭を下げる相手方をシャディクは養父の横で見て来た。

一輪の薔薇を守り切る覚悟も無い有象無象が、家の為健気に尽くそうとするを徒に傷付けることばかり達者でどうするのだと憤る気持ちこそあれ、シャディクは彼女の頼れる弟だ。
の気持ちに寄り添い、結果を共に受け入れ、何が起きようと支え尽くす。シャディクが弟である以上、これ以外の道は無い。彼女が求めるものを彼女以上に把握し、満点より優れた形で与え続けることで今の関係性は確立されたのだ。本心はどうあれ、の信頼に応える為ならばいくらでも時間をかけて励まそう。まだ見ぬ相手の男が少しでも誠実であることを共に祈ろう。そうして目を伏せた刹那、シャディクの脳裏に美しい月夜の回想が再来する。

暗い部屋に二人きり、互いを両の腕で引き寄せあい左右にゆっくりと揺れるそれは、の憧れた華麗な舞踏会とは程遠い筈だった。それでも腕の中のぬくもりは、満ち足りた様な吐息と共に礼を口にしてくれた。
緻密な計算と正式な作法を捨てた途端に、不思議と気持ちが近付いた様に感じた夜だった。血は繋がらないながらも姉と位置付けられた大切な女性を腕に閉じ込めることの背徳感と、背中に回った細い腕から伝わる多幸感があまりに強く頭の芯を痺れさせた。叶わぬ願いと理解しながら、心の底より祈ったことがある。

ああ、出来ることなら、ずっと。

「・・・シャディクは、どう思う?」

その問いかけで我に帰ると共に、時が止まった。

「・・・どう、って?」
「このお話は・・・お父様にとっても、会社にとっても・・・意味のある縁談、で間違いないのよね」

心臓の鼓動すら鳴り止んだかの様な静寂。
ほんの一瞬、しかし確かな一瞬、シャディクは叶わぬ筈の願いが音も無く近付いたことを確信したが、感情を一切表に出すことなく落ち着いた返答を述べた。

「そうだね。企業間の利害関係が一致するから、持ち上がった話だとは思うかな」
「・・・そう、よね。ごめんなさい、変なことを聞いてしまったわ」

言葉を絞り出すまでの空白が、の迷いを如実に物語る。これまでは家の為にと喜んで身を差し出していた彼女が、今他でもないシャディクを相手に躊躇いを垣間見せた。唯一とも呼べる信頼関係は年月をかけて積み上げた功績だったが、これは更に深い意味合いを持つ大きな一歩だ。思わず叫び出したいほどの変化が、紛れも無くそこにあった。

「でも俺はそれ以前に、姉さんにとって悪くない婚姻相手だったら良いなとは思うよ」
「・・・ありがとう、シャディク」

弟として姉の幸せを願う声を受け止めたが、小さな間を空けた末努めて明るい声を上げる。

「シャディクの声を聞いたら勇気が出たわ。今度こそ、しっかりしなくちゃね」
「姉さん以上に素敵な女性はいないよ。自信を持って」

あまりの滑稽さに、シャディクは込み上げる笑みを堪えることに難儀する。明るい決意も、温かな励ましも、立場が二人に強いた台本上の台詞でしかない。
互いの成すべき役割は痛い程理解している。逆らえない潮の流れも確かに存在するだろう。しかし、あの月夜の女神はシャディクに味方した。
は、もう以前のままの彼女ではない。

「・・・ありがとう。私、頑張るわ」

今夜通信を拒んだは、一体今どんな顔で前向きな言葉を紡いでいるのだろう。どんな思いで、この電話を鳴らしたのだろう。
知りたい。これまで以上に何ひとつ取り零すことなく、変わりつつあるの全てを知りたい。
煮滾る苛烈な欲を押し留め、シャディクは静かに目を閉じる。身体が燃える様に熱く、同時に信じ難い程軽い。

「大丈夫。姉さんには俺がついてるよ」

長年深い茨に覆われ続けた一本道に、今ひとすじの光が差した。




* * *




ゆっくりと目を覚ましたが自室の天井を見上げ、未だ靄がかる頭の中視線を彷徨わせる。彼女の意識がはっきりするよりも早く、その不安が歪な形を思い出すより先に、シャディクはそっと細い手を握った。普段より熱い小さな手は触れ合いを拒絶することもなく安堵一色の目で見上げてくるものだから、ますますシャディクは気をよくして綺麗な笑みを象った。

「起き上がれそうかい?水は用意してあるけど、飲めるかな」
「・・・ありがとう」

弱ると一層脆くなる背に注意深く腕を差し込み優しく起き上がらせることも、絶妙なタイミングで水を飲ませることも、長年の成果のひとつとして当然身に付いていることだ。こうしてシャディクが掛ける為の低い椅子は、離れて暮らす現在ものベッドの横に常設されている。今はその事実すら二人が繋がっている証に思えて誇らしい。
水分を摂り落ち着いたが、発熱と眩暈によって倒れたことを理解する。同時に、致命的な出来事が夢でなかったことに思い至るその瞬間を、シャディクは直近の距離で見守った。

「・・・あの方は、」
「その話は今は止そう。熱も少しあるんだから、無理は禁物だよ」
「でも・・・大切なことだわ」

結論として一晩の後縁談の話は進み、そして早くも頓挫した。死刑宣告を待つかの如く悲壮な顔をしているは、今回自身が最大の被害者であることを勘定に入れていないらしい。シャディクは労わる声色を全面に出しての髪を撫でた。

「父さんから改めて断りを入れて白紙にするって言ってたよ。俺も久しぶりに見るくらい怒ってたなぁ。勿論姉さんじゃなく、相手の男にね」
「・・・そんな」
「大切な娘があんな粗雑な扱いを受けたんだ。父さんの憤りは正当なものだと思うよ」

男は年若く、自信に満ち溢れていた。これまでの婚約者候補達とは決定的に違い、明確に格上であるグラスレー社及びゼネリの令嬢に対し臆することを知らない程に若かった。しかし、裏を返せば愚かしい程に跡取りとしての自覚に欠けた未熟者であったとも言える。正式な約定も交わさぬ内から、縁談の相手とはいえ初対面の令嬢に対し礼を欠けばどうなるか。体格にばかり恵まれ実のところシャディクとそう変わらぬ年齢の男は、最低限の礼節も身に付けることなく後継として傲慢に育てられたようで、こともあろうにと二人きりになった途端に無礼を働いた。

テラスのテーブルで紅茶を淹れようとした手を突然握られ、訳がわからぬ内に強引に引き寄せられたかと思えば這う様に身体を撫で回されたの恐怖の程は如何に。狼狽えるあまり咄嗟に振り払おうとした手でティーセットを落としていまい、その際大きく響いた音から事態は露見した。両手を挙げてが勝手に割ったと喚き散らす男は、保身に焦るあまり周りが一切見えていなかったに違いない。割れた陶器の破片と熱い紅茶で浸された床めがけ、多大な動揺によろめくが倒れ込もうとしたことにも気付かなかった始末だ。
シャディクが素早く割り込まなければ、今頃は余計な傷を負っていた可能性もある。尤もその様なことになれば更に相手の立場も悪くなっていただろうことも事実なので、シャディクはを助け、不本意ながら相手の男をも救ってやったことになる。真っ青な顔をして必死に弁解の言葉を並びたてる男も、それ以上に蒼白な顔をして両手を着く勢いで謝罪する現責任者も、一刻も早く視界から消え去って欲しい。その一念でシャディクはその場を養父に任せ、気を失ったを自室へと運び込んだのだった。当然のことながら、呆然と俯くに咎は無い。

「大丈夫、逃せない縁談じゃなかったよ。悪い企業では無いけど、技術力でも業績でもうちの方が格上だしね。他にも将来有望な企業は星の数ほどあるんだし、姉さんは何も悪くないよ。むしろ正式な顔合わせの前に無かったことに出来て正解だったんじゃないかな」

優しく穏やかな声色で、シャディクはの心身を守る為の素材を事実として並べた。未遂で済んだとはいえ、初対面の女性に対し許される筈も無い蛮行だ。本質を隠されて今頃話が進められていたらと考えただけでも悍ましい。
シャディクはひとつ溜息を零し椅子から立ち上がる。ベッドに乗り上げる形でのすぐ隣に腰掛け、上半身を起こしたままの彼女の細い背を支える様に腕を回した。

「あんな男は姉さんに相応しくない。ただそれだけの話だよ」

耳元に低く囁いた言葉は本心だ。が俯く必要はどこにも無い。華奢が過ぎる程の薄い肩を温め、励ます様に頭を傾ければお返しに彼女も同じく頭を預けてくれる。常識も品性も知らぬ哀れな男とは、何もかもが決定的に違うのだ。温かな幸福と仄暗い優越感に身を浸す最中、大人しく肩を抱かれていたが細く息を吸う音がした。言葉を尽くして励まされたことに無頓着でいられるほど、彼女は自分のことばかりではいられないのだ。シャディクはそれをよく知っている。

「ありがとう、シャディク」
「事実を言っただけだよ」
「助けてくれたことも、本当にありがとう。でも、」

言葉は一度切れた。言おうか言うまいか、の迷いが伝わる。促す様に肩をさすれば、ひとつの吐息と共に彼女は応えた。

「どうして、来てくれたの」

何故。それは当然の疑問だった。親族が集う正式な顔合わせではなく挨拶でしかない今日、学園にいる筈のシャディクが何故現場に駆け付けられたのか。

「俺がついてるって、言ったじゃないか」
「それは・・・そう、だけど」

答えになっている様で、いまひとつ納得には至らない。そんな様子で両手を落ち着きなく組むは、今この瞬間もシャディクに肩を抱かせたまま腕から抜け出ようとはしない。
颯爽と窮地を救えたことはまたひとつ有利な追い風となった。救いようのない愚か者だが、ひとつくらいは元縁談相手に感謝をしておくこととする。シャディクは緩く肩を揺らして笑い、小さく触れ合っていた頭で更にへ擦り寄った。動物が甘える様に。それでいて、家族以上の愛を込めて。

「昨日の電話で、姉さんが俺を呼んでるような気がしたって言ったら・・・自惚れてるって、笑われてしまうかな」

自惚れなどでは決して無いと、確信があった。だからこそ多少強引な手を使ってでも今日この場へ駆け付けたのだ。しかし、どうしてもの口から言わせたい。

「・・・笑ったり、しないわ」

彼女自身に、認めさせたい。

「会社に関わる大切な縁談だったのに。私、不安で務めを果たせないどころか・・・シャディクに助けを、求めてた」

目論見通り、は恥じ入る様に俯きながらもか細い声で本心を曝け出した。逆らえぬ家の意向を理解しながら、彼女が“弟“に助けを求めたという事実に湧き上がるのは歓喜とも征服欲ともつかぬ昂まりだったが、シャディクは黙ったまま優しく肩を抱き続ける。

「今日、ここに居る筈の無い貴方に守って貰った時、心の底からほっとしていた私がいたの。・・・駄目ね、こんなことじゃいけないのに」

吐息交じりの自嘲は、酷く淋しげな響きがした。

「何が駄目なんだい?」
「なにが、って・・・」

の声が戸惑いに揺れ、二人の視線が絡まり合った。とうに普通の距離感を踏み抜いた近さで微笑むシャディクは優しい弟の表情を象っていたが、二人の間に生じる決定的な差異はすぐそこまでにじり寄りその存在を主張する。

「貴方は本当に優しくて素敵な弟だけど、いつまでもシャディクに頼ってばかりじゃ、」
「頼れば良いじゃないか」

半ば遮る様な即答は決して強い口調では無かったが、深く隅々まで絡み付く様な拘束力をもっての言葉を失わせた。
呆然と目を見開く姉に対し、弟は特別甘く優しい声で当然のことを告げる。いつまででも頼りにすれば良い。不自然なことは何も無く、二人が引き剥がされる様なことは決して起こり得ない。すべて、遠い未来まで約束されたことだ。

「姉さんが誰と婚姻関係を結んでも、俺はこの特等席を明け渡すつもりは無いよ」
「・・・シャディク」
「俺たちはいつかそれぞれ企業に有益な配偶者を定められるだろうけど。俺の妻が誰でも、姉さんの夫が誰になっても、俺たちの間では何の関係も無いんだ」

立場と血統により定められた婚姻関係は受け入れる。子を成すことが求められるならば応える。しかし、それと二人の関係性は別次元の問題だ。
を支え、守り、慈しむ。この役割は、誰であろうと決して譲らない。否、今となっては誰であっても割り込めないと言った方が正しいだろうか。

欲しいものは必ず手に入れる。戸籍上公の身分としてそれが叶わないならば、心だけでも雁字搦めに閉じ込めて逃がさない。決して離れずにいられるように。決して離れてはいけないと、彼女自身に強く刻み込まなくてはならない。

気分ひとつで断れはしない縁談を、どう思うかと電話越しに問われた瞬間。確実に彼女の内側を侵食したと実感した刹那。どれほど、嬉しかったことか。

星に願った遠い夢が、今漸く現実味を帯び始めたのだ。決して、掴んだこの手を離しはしない。シャディクは絹の様な彼女の髪を一房掬い、そこへ恭しく口付ける。が息を飲む気配を察知し、唇は離さないままその目を射抜いた。
そんな顔をして、単なる姉弟の間柄だと果たして言えるのだろうか。込み上げる喜びをほんの少し弟の仮面に混ぜ込み、時間をかけてその髪を離し丁寧に整える。正面からその耳元に直接刻み込むよう、シャディクは低く囁きかけた。

「姉さんを本当の意味で守れるのは俺だけだよ」

はその言葉に身を固くはしても拒絶をしない。勝利の足音が確実に近付いた感覚に、シャディクの鼓動は密かに熱だけを上げた。困惑と動揺、そして僅かな迷いに揺れるの瞳はこの上無い引力を伴い惹きつける。抵抗も反論もせず、されるがままに頬を熱くする薔薇は最早この手から逃れてはいかないだろう。
シャディクは不意に瞳の熱量を鎮め、にこやかに微笑みかけた。そう急いての気持ちを置き去りにしては意味が無い。彼女自身に望ませることが、何より重要なのだから。

「そんな顔をしないで。この先も俺たちは変わらないってことを言いたかったんだよ」
「・・・シャ、ディク」
「姉さんを支えることも助けることも、俺にとっては人生の一部だから今更無くせないんだ。この役割だけは取り上げないで貰えると嬉しいな」

時間をかけたレールは完成した。焦りさえしなければ、願った未来はそれほど遠くない。より確実さを増す為にも、ここより先若干の匙加減を変えていく必要はあるけれど。
普段通りの弟の姿に胸を撫で下ろしつつも未だ戸惑いに頬を赤らめるへ、シャディクは真剣な顔を近付けた。

「それとも、俺じゃ役不足かな」
「そ・・・そんな筈、無いじゃない」
「良かった、嬉しいよ。さぁ、もう横になろう。眠るまで傍にいるから」

一言一句、思った通りの反応は気分が良い。素直に従うを優しくベッドへ寝かせ、シャディクは隙なく寝具を整え再度定位置の椅子へと戻った。照明を出来る限り搾り、こちらをぼんやりと見上げる彼女に穏やかな笑みを返す。

「明日から暫くゆっくり休んで。まめに俺から連絡するし、こうして様子も見に来るよ。あ、今度は顔を見て通信がしたいなぁ」

優しく穏やかな口調と、僅かに抑えたボリュームの絶妙なバランス。それらが弱ったの眠気を実に巧く誘うことをシャディクは熟知していた。

「姉さんは好きな音楽を聞いて、紅茶を飲んでのんびり過ごして・・・そうだ、元気が出てきたらで良いからまた手紙を書いて欲しいな。俺、姉さんの書いてくれる手紙が好きなんだ」

長年弟として蓄積した経験値は、ひとつたりとも無駄にしない。に尽くすという根幹も勿論変わらない。これより先はほんの少し踏み込み具合を変える、ただそれだけの事だ。
大人しく微睡みはじめたの手が、遠慮がちに寝具から伸び出てきたのはそんな時だった。

「・・・シャディク」
「なに?」

迷うことなくその手を握る。の瞳が、安堵とも苦笑とも取れる色に蕩けた。

「そんなに甘え癖をつけさせて、一体私をどうするつもりなの・・・?」
「はは、決まってるじゃないか」

シャディクは愉快そうに笑い、繋いだ手をベッドに押し付け椅子から身を乗り出した。

長い髪がカーテンの様にに影を落とす。陽に出すも陰に閉じ込めるも、何もかも思いのまま。水を与えてくれる者無しに、彼女は生きられない。
甘やかした末にどうしたいのか。そんなことは決まりきっている。

「俺が傍にいないと息も出来なくなって欲しいんだよ」

その言葉にゆっくりと丸くなる瞳は、“弟“を相手に翻弄されている動かぬ証だ。シャディクは満足気にそれを見下ろした末、不意に明るく笑い身を起こした。

「・・・なんてね」
「もう・・・」
「それくらい姉さんを大切に思ってる俺の気持ち、わかって欲しいなぁ」

解放した細い手を温かなベッドへ戻し、慈しむかの様に髪を撫でた。本気か冗談か、存分に戸惑わせていずれ彼女の頭の中を埋め尽くしたいのだから、今はこれで良い。疲れから本格的に瞼が重くなってきたであろうに甘く笑いかけ、シャディクはそっと囁く。

「おやすみ姉さん。愛してるよ」

何もかもきっと征服して見せる。

小さく音を立てて、額へと優しく口付けた。


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