Love Letter



自室へ向かうシャディクを廊下で引き止め取り囲んだ女生徒たちは、一頻り甲高い声で囀った後彼の手元にあるものを認め、一斉に薄ら笑いを浮かべた。何事も電子化が常識とされる昨今、一枚の洋封筒は彼女たちの目にさぞ時代めいたものとして映ったに違いない。嘲笑とも呼べるそれは当然シャディクではなく、この場にいない手紙の送り主に向けられていた。

「えっ・・・手紙、ですかぁ?」
「ヤダ、未だにそんな古風なことするひとっているんですねぇ」

あまりに思慮に欠けた発言だったが、若き自信に満ち溢れ徒党を組む彼女たちはまるで顧みる様子が無い。誰からの手紙かを知っている一部の寮生たちが瞬間空気を変えたが、シャディクはそれを素早く目で制した。余計な諍いは、この手紙の主も望むところでは無い筈だ。シャディクは彼女たちの期待通り親し気な笑みを貼り付けたまま、手にした封筒を改めて翳した。自然な流れで手紙を見つめ、視界から都合の悪いものを排除する。この程度のことで心の均衡は崩されはしない。

「そうだね、とても古い文化だ。でも僕は、その古き良き思いの伝え方が嫌いじゃないよ」

古き、良き。シャディクの声は普段通り柔らかいものであったが、思わぬ肯定に女生徒たちは口を閉ざす。何とでも言えば良い。外野に何を言われようとも、どんなに時代を逆行しようとも。この手紙を受け取る度に覚える気持ちは、たとえ誰であっても侵せないものだ。ごくりと息を呑む彼女たちを前にして、シャディクは薄く微笑み封筒に口付ける。

「その気になれば連絡なんて簡単に取れるのに、あえて僕の為に時間をかけてこの手紙を書いてくれた送り主のことを思うと・・・とても、愛を感じるよね」

黄色い悲鳴、目の色を変えてはしゃぎ支え合う名も知らぬ後輩たち。それらに等しく望み通りの微笑みを与え、シャディクは漸く自室への歩みを取り戻したのだった。




* * *




連絡手段はいくらでもある。メール、通話、顔を見合わせた通信。素早く正確に連絡を取る方法は数多く溢れているにも関わらず、はまめに弟宛の手紙を送って来る。決まって薄紫の封筒に包まれたそれは、今時手紙なんてと鼻で笑う声もまるで気にならない程に意味のある贈り物だ。ベッドに仰向けに横たわりながら便箋を翳し、他の誰でもない彼女の文字を追う時間の充実感など、誰にも理解出来る筈も無ければ明かすつもりも無いことだ。
透かし模様の入った触り心地の良い便箋には、細く綺麗な文字で日頃の出来事と弟を応援する言葉が並んでいた。お気に入りの花が綺麗に咲いた。朝夕の空気が冷たさを増し、自室で過ごす時間が長くなった。社用と委員会と学業は多忙を極めるのではないか。風邪を引かぬように。身体を壊さぬように。普段と大きくは変わらない文面の中には何度見返しても早く逢いたいという一文は見当たらず、少々残念そうな苦笑を零しつつ便箋を顔に被せる。愛は愛でも家族愛のこめられた手紙からは、微かに薔薇の香りがした。
一見していつも通りの手紙だ。しかし、シャディクは平凡の奥に見え隠れする異変を見逃さない。目を閉じ恋しい薔薇の香りを肺いっぱいに吸い込みながら考えを巡らせた末、勢いよく起き上がり手櫛で髪を整える。念のため時間を確認してから通信を繋げると、予想通りまだ起きていた手紙の主と何秒も待たずして画面越しの対面を叶えた。今の時代、こんなにも手軽な方法で遠く離れた互いの顔を見ることが出来る。それでもわざわざ時間をかけて弟への手紙を用意するの笑顔が花開き、シャディクは自然な頬の緩みに身を委ねた。

「姉さん、手紙届いたよ」
「まぁ、思ったより早かったのね。連絡ありがとう」

からの手紙に対し、シャディクは日頃到着報告を兼ねた通信を返すことを常としていた。彼女が求めているのは手紙同士のやり取りではなく、こうした時間なのだろう。直接確認したことは無いが、今日も弟からの通信に応じる笑顔は穏やかだ。

「大丈夫?少し文字に元気が無いように見えたから」

何事も無いかに思えた静かな水面に、一石が投じられる。画面の向こうで大きな瞳が戸惑いに揺れ彷徨った。
普段通りの手紙。特別大きく変わることのない、家族愛の綴られた手紙。しかしその文字からの異変を感じ取れないシャディクでは無かった。寒くなり始めると一層崩しやすい体調のことか。ニュースに溢れる穏やかとは言えない世情のことか。他の誰にとって取るに足らないきっかけで、時にが深く傷付くことがあると知っている。
思わぬ問いを受けてから数秒後、シャディクの想像した通りの苦笑を浮かべては肩を竦めた。

「・・・驚いたわ。シャディクに隠し事は出来ないわね」
「わかるよ、姉さんのことなら何でもね」

緩い笑みと明るい声に、本音のトーンをほんの数滴混ぜた。の繊細で複雑な心の扉は頑丈なようでいて、鍵はいつだってシャディクの手中だ。最小限の情報から僅かな不調を見抜き、あくまで穏やかに寄り添う形で吐露を促す遣り方は何年も前から変わらない。そうしてシャディクは頼れる弟の地位を確固たるものとしてきたのだから。

「今時間はある?良ければ話を聞かせてよ」

どんな些細なことも見逃す筈が無い。こうしてまた一歩、シャディクはの心に踏み込む。
時代遅れと蔑む輩には好きに言わせておけば良い。彼女が自分の為に時間をかけて綴る手紙が好きだ。シャディクは穏やかに微笑み、から口を開くのを待った。




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