the Die is Cast






の体調急変から三日の末、シャディクは元の生活に戻った。
心配だと主張を続ければいくらでも長居が許される稀な状況ではあったが、本人が弟の学園復帰を望んだことが大きい。インキュベーションまで時間が無いことも彼女に背を押させた一因ではあったが、が望むならそれこそ直前まで看病に当たってもプレゼンを失敗させない自信がシャディクにはあった。常日頃から不測の事態には対応出来る様準備は抜かりない。それがに関わることならば尚更だ。叶うならばもっと長く付き添っていたかった。しかし体調の落ち着いた今、会社の大きな戦力をいつまでも引き止めてはおけないと穏やかに微笑まれては弟として従わざるを得ない。
誰に邪魔をされることも無く、ただに尽くせる時間はひたすらに穏やかだった。同じベッドに横たわった一夜以降特段の変化は無かったが、姉弟の境界を越えそうで越えない距離感はこれまでの年月の中でも極めて近しく、幸福そのものと呼べた。まさに夢の様に満ち足りた三日間だった。

ほんの数日前までの優しい回想に浸り、シャディクは僅かに息を吐く。来たる今日、プレゼンは滞りなく進行し規定値以上の賛同を得た。果たすべき務めの山は越えたが、一息ついた後は挨拶回りが待っている。グラスレー社の控室として確保されたフロア、更に奥の部屋はゼネリ家の人間でなければ入れず、養父が今会場に出ていることは確認済だ。束の間の休息にネクタイを僅か緩めることも今だけは許されるだろう。そうして奥の間に踏み込んだ刹那、思わぬ光景にシャディクは目を瞬いた。

いる筈の無いひと。
知り尽くした筈のひとの、知らない姿。
あまりのことに、何もかもがスローモーションに感じる。

「・・・」

混乱の最中にありながら、こんなことが以前にもあったと冷静に過去を振り返る。が専属の世話係になってくれたらという戯れを叶え、何とも愛らしいハウスメイドを演じてくれた時のことだ。
あの時ひとは想定外の衝撃で言葉を失うと学んだが、これは根本から違う種類の動揺としか表現しようがない。目の前に突如現れた美しい女性に対し、何と声をかけたものか。あまりの驚きに、懸命に探した言葉が端から抜け落ちていく様な気さえした。

「・・・どこの姫君かと思ったよ」

捻り出した賞賛の声は若干掠れていた。それに対し、美しき姫は肩を小さく揺らし眉を下げて笑う。普段通りの彼女の笑い方だ。しかし、目の前の女性は良く知る姉の姿とは大きく異なる。

「もう、それは言い過ぎよ」
「これでも表現としては不足だよ。美し過ぎて相応しい言葉が出てこない」

派手な装飾をまるで必要としない程、は透明感ある恵まれた顔立ちをしている。それが不調の波に揺られ若干生命力を欠いた色合いの、何とも言えぬ引力の強さにシャディクは長年魅入られてきた。
だが今目の前に立つ彼女はどうだろう。指通りの良い絹の様な髪を上品にまとめ、美しいロングドレスを身に纏い、パーティーに相応しい華やかなメイクを施した姿。不調を理由に社交界に縁遠かった姉の、更に言うならば知り尽くしたと思い込んでいた姉の新たな一面に、弟は途方も無い動揺を強いられた。
ピンクベージュのマーメイドラインは、細身の過ぎるに実によく似合う。オフショルダーから覗く華奢な肩、開き過ぎることの無い胸元に光るガーネットを認めた途端、身体の最奥に灯った熱があらゆる硬直を溶かしていく様だった。
今宵の彼女は誰より美しい。込み上げる思いをそのままに、シャディクの指先がの頬へと向かう。

「本当に綺麗だよ、この上無くね」
「・・・ありがとう、シャディク」

掠めた熱は不調から来るものでは無く、白い頬が喜びの色に染まる理由は都合良く解釈して良い筈のものだ。しかしは弟の手の感触を惜しむ様な顔で数歩後退り、予め用意してあったものへと手を伸ばす。

「企画成立、おめでとう」

カサブランカとホワイトローズの花束は、爽やかな緑と白に統一された美しい仕上がりだった。シャディクのプレゼンが終了し結果が出たのはつい先ほどのことだ。どう考えてもここまで豪華な花束を用意出来る時間は無い。

「・・・驚いた。準備が良過ぎないかい」
「だって、信じていたもの」

内密にが正装をしてこの部屋に現れた意味。結果も出ない内から、豪華な花束を準備していた理由。もしやと薄く感じていたことが、ひとつひとつ彼女の言葉で形になっていく。

「シャディクならきっと成功させると、最初からわかっていたわ。だからどうしても早くお祝いを手渡したくて、来てしまったの」

何より待ち望んだ声で、想像以上の結果が紡がれる。
全面的な信頼。そして、どうしたって特別を期待してしまう熱意。
嬉しさと動揺の名残を消化し切れず、シャディクは易々と反応が返せない。らしくない反応をマイナスに受け止めたのだろう、の表情が戸惑いに曇った。

「あの、お父様には、気分転換がしたいとお願いして今日ここに来るお許しは得ていたけど・・・」

豪華な花束を抱えることによって、より一層彼女の華奢が際立つ。今宵どんな美女にも勝る輝きを放ちながら、シャディクの反応ひとつで表情を翳らせるを前に覚える感情。それは征服欲の満たされた愉悦であり、同時に底無しの愛おしさだ。

「突然押しかけてしまって・・・迷惑、だった?」
「そんなこと、ある筈が無いじゃないか」

花束も彼女も圧し潰さない様、細心の注意を払いそっと抱き寄せる。柔らかな抱擁が不安を緩めたのだろう、安堵に細い息をつくの気配に思わず笑みが零れ落ちた。家族のものとは呼び難い抱擁への戸惑いよりも、心のすれ違いを恐れる気持ちが勝るとは。信じられない。信じ難い程に、満ち足りた思いがする。

「全部、俺の為に?」
「ええ」
「俺の為だけにこんな素敵な装いで、無理を押して来てくれたのかい?」
「そうね。でも、それほど無理はしてないわ。シャディクが傍にいてくれたお蔭で、もう随分元気だもの」

看病への感謝は、昔からシャディクの存在意義へと直結している。果たして上手なのはどちらの方かと、多幸感に酔いしれながら腕の中に収まる花の香りを吸い込んだ。
まさかこんな形で新たな一面を覗くと共に、嬉しいサプライズを受ける側になるとは考えもしなかった。の秘めた行動力には、時折驚かされる。病み上がりの言葉を鵜呑みにするつもりは無いが、それでもこうして贈り物を手に駆け付けて貰えた気持ちは嬉しさ以外の何物でもない。

「ありがとう姉さん。幸せ過ぎて言葉が追い付かないよ」
「・・・そう言って貰えると、私も嬉しいわ」

立派な花束を受け取ったシャディクは、細い手を優しく引いてソファへと掛けさせた。女性を立たせたまま、贈り物も持たせたままでいたなど普段ならば考えにくいが、生憎今日は大きなイレギュラーである。
広いソファに背を預け微笑む姉は、改めて見下ろしても素晴らしく美しい。特別な装い、豪華な花束、絶対の信頼。全てが自分に向けられることの喜びは、何にも代え難いものだ。

「ねぇ、シャディク」
「何?姉さん」

十分な広さの中、ぴたりと寄り添う様に隣へ座る。右手に花束を、左腕で肩を抱いてもは拒絶を示さない。

ゼネリの人間でなければ入れないとはいえ、鍵も掛けずに寄り添うことのスリル。姉弟だと言い切るには極めて危うい距離感で、間近に見つめ合うことの甘やかな熱量。芳しい香りに眩暈さえ錯覚する、パーティー会場からも全ての日常からも切り離された様な心地。

「別のフロントで、療養しないかと提案されたの」

突如として、頭を強く殴られた様な感覚。

呼吸も、血流も、何もかもが瞬間止まる。

今、彼女は何と言ったのか。シャディクは静かに目を見開く以外に、成す術を持たなかった。

「とても医療が進んだ地区で、中でも評判の良い病院に空きが出たのだそうよ。私と同じ、先天性の不調を何症例も改善させた実績をお持ちだとか。長期の療養には最適な気候のフロントで、滞在してみるだけでも随分違うだろうって。本来ならずっと先まで空きを待つ方が沢山いらっしゃるんだけれど・・・特別に、先生のご紹介で」

まるで用意された台本を読むかの如く、は淀み無く詳細を口にする。途轍もない強い衝撃を受けながらも、シャディクは懸命に情報を整理した。
何も知らなかった。それは今悔やんでも仕方がない。呪いの言葉は意味が無い。今すべき最善は他にある筈だ。彼女を引き止める手が、何か。必要無いとその視界を優しく閉ざす手段が、何か残されている筈だ。
シャディクがこれまで寮暮らしでありながら自由にと交流を保てていた理由は、彼女が家から外に出なかった為だ。行き先が実家だからこそ何かと融通が効いたのだ。遠く離れた別のフロントに入院などされてしまえば、これまでと同じ様には過ごせない。

長年夢見た望みをこの手にしたと、確信を得た矢先の喪失。指と指の隙間から、砂の様に零れ落ちていく光。喉がひりつく不快感に苛まれながら、シャディクは努めて冷静に口を開いた。

「・・・それは、いつの話?」
「一度見に行ってみないかって、お父様からお話を頂いたのが・・・発作を起こした直前ね」

あの発作の直前であれば、既に一週間は経過した計算になる。この類の話は時間が経てば経つ程不利だ。苛立ちの衝動は津波の如く押し寄せたが、それでもシャディクは凪いだ弟の顔を崩さない。

「そう。それで、回答の期日は・・・」

表面上とは裏腹に胸の内で波が荒れた。身ひとつで晒されながら、掴んだ糸を離すまいと懸命に考え、考え、考え。そして、不意に心臓を握られた様な心持ちに陥る。

何故、はこれほどの大事をすらすらと口にしたのか。何故、彼女はこうも落ち着き払っているのか。真っ直ぐに弟の顔を見据える瞳は、既に何かを決めた色に見えて仕方がない。

何より愛おしい筈の彼女との間に、居心地の悪さを覚える奇妙な感覚。
嫌だ。真っ直ぐな瞳を愛していたい。想定より外に自立した目で見ないで欲しい。
用意した箱庭から、外に出ないで。

「それとも、もう姉さんは返事を・・・?」

冷え切った声が泥の様に流れ出たが、取り繕うことは出来なかった。左側に抱いている筈の華奢な温もりを、正常に感じられない。

もっと丈夫に生まれたかった。密やかな細い声で告げられたの切実な希望、それを忘れたことは無い。
ふたりだけの秘密が、もし知らぬところで養父に開示されていたならば。もし彼女が望みを叶える鍵を既に手にしていたならば。
その望みを打ち明けられながら、戯れとは言え同意しかねると返してしまった過去は消せない。シャディクは途端に窮地へと追い込まれた。

に不要とされること。
最も恐れていた可能性に、こうも呆気なく背後を取られてしまうとは。
ぶつ、と音を立てて無数の糸が切れていく。巨大な幹の様にしっかりと築かれた道が、見る見る内に細く頼りない糸の集まりであることを露呈する。孤児でしかなかった少年が淋しさから必死に紡いだ、遠い遠い夢物語。

駄目だ。
嫌だ。
置いて行かないで。



「―――お断りしたわ」



最後の一本を残して、崩壊は停止した。
死んだ様に褪せた瞳に、力が戻る。左手の感覚が、少しずつ甦る。

「・・・どうして」
「わからない?」

掠れた声に、が表情を和らげた。慈しみに満ちた優しげな微笑みは、シャディクただ一人にのみ向けられている。彼女は今、確かにこの腕の中にいる。

「どんなに素晴らしい環境でも、どんなに進んだ医療を受けられるとしても・・・一番大切なひとと離れてしまったら、意味が無いもの」

が目を細めて笑う。それは決して喜び一色とは呼べない複雑な彩をしていたが、これまでで最も明確な思いを示された瞬間とも言えた。

一番大切なひと。
彼女の声で囁かれた特別な呼び名が自分のことであると、何秒も遅れての自覚は強い熱を伴った。

「お断りはしたけど、きっとシャディクには後からお話が行くと思うから、私の口から報告したかったの。お父様には、住み慣れた場所を離れるのは怖いって理由を用意した、けど、」

気付けば大切な贈り物を空いたスペースへ押しやり、更に大切な存在を両腕で抱き寄せていた。言葉を遮られたは瞬間息を詰めたが、やはり拒絶の意思を見せない。
押し潰さない様にと、花束を挟んだ抱擁の様に優しくは出来なかった。しかし、彼女は苦しいと声を上げることもなく大人しく腕に収まっている。例え様も無い恐怖の崖から一転、深く底の見えない安堵の海へと沈んでいく心地だ。

何もかも支配するつもりが、相手の言動に一喜一憂しているのはどちらなのか。シャディクは浅い笑みを吐き、腕の中の温もりを今一度確かめる。

「はは。我ながら鼓動が煩いね。大事な場面なのに、ひとつも格好付かないな」

細胞のひとつひとつが急速に息を吹き返すかの様に、心臓が早鐘を打って仕方がない。密着しては隠し様の無いそれに、耳を澄ませたのだろう。華奢な肩が、僅かに優しく揺れる気配がした。
小さく軽い鈴の音を思わせる、耳に心地良い密かな笑い声。こんなにも短時間で翻弄されながら、しかし苛立ちや不満は根本から吸い上げられてしまう。

「無様なのは認めるけど、そう笑わないで欲しいな。姉さんが遠くへ行くんじゃないかって、突然の動揺を強いられた哀れな俺を慰めて欲しいよ」
「そんなつもりじゃ・・・でも、そうね。今まで相談しなかったことは、ごめんなさい」

数拍の空白を挟み、の側から改めて頭を預けて来たのは錯覚ではないだろう。その場の空気が、僅かに温度を上げた。

「沢山、真剣に考えたわ。貴方に頼ってばかりの私を戒める為にも、遠いフロントでの療養生活は良い機会かもしれないとも思ったの」
「姉さん・・・」

誰より寄り添い満ち足りた三日間の裏側、が危うい悩みを抱えていたとは考えもしなかった。しかし苦言を呈するより早く腕の中の温もりが身じろぎ、応える様に抱擁を緩めれば二人の間に僅かな隙間が生まれる。

「でもね、考えれば考えるほど・・・その先にいる私が、“生きている”とは、とても思えなくて」

の声は若干揺れていた。俯いた長い睫毛が震え、何度かの瞬きを経て大きな瞳が見上げて来る。

何故だろう。ずっと追い求めていた筈が、至近距離で目が合った今この瞬間、逆に枷をかけられた様な思いにシャディクは瞠目することとなった。

「シャディクとこれ以上遠く離れてしまうことは・・・きっと、耐えられないわ」

しかし、違和感は即座に消え失せた。潤んだ瞳から伝わる熱量を受け止めてしまえば、どちらが囚われる側かなど瑣末な問題でしかない。
から誰より必要とされることが願いだった。姉の人生に欠かせぬ弟となることが夢だった。待ち望んだ答えを彼女から齎されたのだ、これより先は喜んで囚人になろう。

ほんの数センチでも触れ合えない距離がもどかしく、ヒールを脱ぐ様穏やかに促す。突然の要求にも関わらず素直に応じた姉の軽い身体を難無く抱き上げ、シャディクは膝上で彼女を柔く拘束した。
眩暈を起こした時と同じ、横抱きにしたを見下ろす眺めは普段通りな様で大きく違う。距離感も、その意味も、何もかも。同じソファの上で最大限身を寄せあった抱擁の中、が細く息を吸う音が聞こえた。

「改めて謝るわ。本当にごめんなさい、シャディク。私は、駄目な姉になることを・・・受け入れてしまったの」

その声は愛に溢れると共に、どうしようもない自嘲で酷く傷付いたものだった。
彼女は、怖いと言っていた。その背を押したのは、他でもないシャディク本人なのだ。これ以上、に自身を責めさせてはいけない。

「謝らないで。姉さんは、ひとつも駄目じゃないよ」
「いつか・・・いいえ、もしかしたら明日にでも、貴方にとって重荷になってしまうかもしれないのに」
「そんな日は永久に来ないさ。俺を信じて」

ソファに掛けるシャディクの、更にはその膝の上で横抱きにされるばかりのに自由は利かない。今ならば、呼吸ごと飲み込む様に大事なものを奪うことも容易い。
シャディクは顔を近付けた末、鼻先が触れ合う距離で瞳を閉じる。触れ合ったのは唇ではなく、互いの額だった。姉弟で極限まで触れ合いながら額を合わせる光景は、どこか祈りにも似ていた。

「何度でも言うよ。姉さんを支えて守る、その役割は誰にも渡さない。例え姉さんが誰と婚姻関係を結ぼうとも、俺の配偶者が誰になろうともね」
「・・・シャディク」
「大丈夫。全部、俺に任せて。俺は姉さんを悲しませないし、裏切らない。姉さんの為なら何でも出来るし、どんな事からも守ると誓うよ」

普通ではない。普通の姉弟の距離感ではない。この愛は普通の家族のものとは呼べない。全て、当の昔に承知している。
それでも長い月日をかけて願いが成就し、が共に並び立つことを選んでくれるのなら。シャディクは持てる全てをかけて彼女を守り、支え尽くすことが出来る。

あとはただ一言、が誓ってさえくれれば。
引き返せない一本道に、手を携えて踏み出すと約束をしてくれるならば。
二人の契約は、漸く成立する。

「だから、これから先ずっと―――俺だけの姉さんでいてくれるね」

同じタイミングで二人の目が開いた。見つめ合うには近過ぎる距離感で、互いの視線だけを交わし合う。
不意に、の瞳の奥で何かが決壊した。甘く蕩けたかと思えば、透明な涙が美しい目許に溢れ出る。

「私からも、お願いよ」

一方的に抱かれるばかりだったの細い腕。二本のそれが弟の首元に絡みついたかと思えば、芳しい薔薇の香りに繋がれ二人の距離が縮まり。小さな音を立てて、シャディクの頬に柔らかな熱が灯される。迷いを捨てると決めた姉の涙は、切ない色でありながら途方も無く綺麗だった。

「離さないで。貴方だけの私でいさせて」
「嬉しいよ。ようやく捕まえた」

シャディクは優しく微笑み、の瞼へと口付ける。その拍子に零れ落ちた真珠の様な涙にどちらとも無く声を上げて笑い合い、間もなく温かな静寂が訪れた。

劣等感に絶望したあの日の少年は、己を形作る原点にして全てを今、遂に手に入れた。




* * *




「先程はありがとうございました。紹介します、姉の・ゼネリです」
「弟がお世話になっております。この度のご支援、心より御礼申し上げます」

パーティー会場に現れた姉弟は、必要な来賓に取り零し無く挨拶回りを務め上げた。シャディクのエスコートは当然完璧であったが、経験が乏しい筈のもまた背筋を伸ばしゼネリの娘として正しく役割を全うする。
不調を理由にこれまで姿を見せなかったの輝かしい美貌、そして巧みな手腕で新規計画を成立させたシャディクの将来性。自然と注目を集める姉弟の姿は、当然会場にいた父の目にも止まることとなった。

「御子様方も随分と頼もしくなられて、代表も安心ですな」

毒にも薬にもならない様な賛辞が投げかけられる。にこりともしないサリウスに気を悪くするでもなく、格下の経営者はその場を後にした。

ほんの一週間前に発作を起こしたばかりの病弱な娘。インキュベーションに参加したいと主張し始めた際はどうなることかと気を揉んだが、成程本人の申告通り調子も良く、為すべきことは理解出来ている様だ。
この場に相応しい正装で挨拶回りを続ける二人の子は、確かに頼もしい。腕を組んで歩く姿は支え合う仲の良い姉弟の域を出ない。そこは否定のしようが無い。

しかし、親は子を見ている。
漠然とした危うさに目を細めたその瞬間、シャディクが父に気付きに耳打ちをした。顔を上げるなり、明るい表情でこちらに一礼する二人は礼儀正しく育ったゼネリ家の子に他ならない。サリウスは小さく一度頷き、踵を返したのだった。


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